外は雨

小雨の中、飼い猫のもきちを連れて動物病院に。
体重がずいぶん減ってしまっていた。先週の血液検査から貧血は改善されたと判断でき、腎臓に関する数値も落ち着いていたため、その結果から考えると体重の低下はやや不可解だとかかりつけの獣医は言う。
つまり、あるいはまた別のなにかを疑うべきなのかもしれない。
ただ、もきちは病院ではひどく暴れる。とてもではないが、麻酔をせずに精緻な検査を施すことはできない。いまのもきちに全身麻酔をかけるリスクを思うと、そこまでして曖昧な何かを疑い発見に努めるべきなのかは悩ましい問題だ。

帰宅後のもきちはなんだか元気がないように見える。判断はもちろん、見ることの難しさを想う。

現在開催中の「E3 2018」で公開された新作ゲームのトレイラーや『ゲンロン8 ゲームの時代』、あるいはあたらしい音楽などから触発されることは多々あるが、どれもいまは深く考えることができない。
かつては太い中心軸の中で捉えてきたものたちが、いまはその周辺で満ち欠けを繰り返している。
このことは、どの程度の期間に及ぶかは不明だが、一時的なことには変わりないと身体的に理解しているため、ざわつきのようなものはもたらされない。

Mitskiが8月にあたらしいアルバムをリリースするとのこと。とても楽しみだ。

ひとつぶずつ

飼い猫の通院。いつもの皮下点滴と、血液検査。

はじめに病院を訪れた時、もきちは慢性腎不全からくる尿毒症の状態で、それはすぐに改善された。
その後、同じく慢性腎不全が原因で貧血と脱水の状態が残った。
脱水はほどなく治まったものの、貧血のせいで食欲不振が続く。
いっとき膀胱炎の症状も表れたが、それはすぐに対処できた。

おとといあたりから、食欲がやや戻っているように感じられた。
ところで、もきちは病院ではひどく暴れる。あまりじっくりと診察は受けられない。
そのため、かかりつけの若い男性の獣医から飼い主への問診が大事になるとアドバイスを受け、なるべく観察に努めた。

ある時、なぜかはよくわからないが、皿に入った餌はさほど口にしないのに、一粒ずつ床に置いて並べてやると比較的食べることを発見した。
今日の体重測定ではやや増加しており安堵する。獣医も喜んでくれたので、床に一粒ずつ並べるとなぜか口にすることを報告したが、一笑に付されてその話題は終わった。

血液検査の結果、貧血が改善していることがわかる。貧血の治療はやや日数がかかると言われていて、不安だったが効果はあったようだ。
帰宅後は、床に並べなくても皿の餌をもきちは食べた。できれば腎不全用の療養食を口にして欲しいが、いまはひとまず食欲の回復を良い印象にしておきたい。腎不全用の療養食はあまり美味しくないらしい。

通院の頻度を少し減らせそうだ。金欠のため家賃の支払いの頻度も減りそうだが、それはさほどの問題ではない。

おれはお前の形を愛しているのだろうか?

なんていうのかな、ほら、結局「自分のことを考える」ということをしないと、社会的存在にはなり得ない感じしない?

——っていうのもここ数ヶ月、飼い猫のターミナルケア的なことに終始しているおれはあんまり自分のことを考えてなくて、まあ、こんなことっていままでなかったのよね。自分のことしか考えてないような奴だし、基本。
で、そうなるとさあ、社会的なあれこれにもともと興味の薄い人間だけど、それに拍車がかかる。
電話やメール、とにかく通信手段が嫌い。ウェブ系のエンジニアとしてどうかと思うんだけど。特に電話は基本出ないわけですよ、おれ。ずっと家にいるのに。
で、そんな「おれ」なことに変わりはないまま、おれのことはどうでも良い、ってなるといよいよ社会的存在ではなくなってしまう。

この間、チリのクラブシーンのことがちょっと気になったのね。
細長いでしょ、チリ。でも——でもってこともないけど、特にミニマルテクノとかの電子音楽家が育ってる国で、Nicolas Jaarとかは出身はニューヨークだけどチリ育ちらしい。
北は砂漠地帯、南はツンドラ。夜の長さもけっこう違うだろうし、クラブシーンも北と南で大きく違うんじゃない?
あと、ラテンアメリカ文学の重要国だからマジックリアリズムがどんなふうに生きているのか、それは音楽にどう影響を及ぼしているのか。いろいろ気になって縦断してみたりしたいな、と思ったわけ。
ただまあ、もう10年くらい、尻上がりに我が家はキャットファーストっていうか、まあ、飼い猫のもきちを主軸にあれこれを考えてて、だからそんなことはできないわけです。
でもまあ、あいつももうそんなに長くないだろうし、くたばったらまた「自分のことばっかり考えるおれ」に戻るのかしら、おれ。

他人からしたら莫迦な状況だよ、なにがキャットファーストだ、っていう。
おれはもきちを飼うまでペットを飼ったことがなかったから、これまで他人ん家の犬猫が死のうがなにをそんなに落ち込んでんだろう、くらいに思ってたし、実際まあ、そういうもんだよ。いまもそういうところはある。犬猫にターミナルケアとかって、言葉が大袈裟で大人が口にすることじゃないよ。

なので、いまのわたしは罪人なのです。
「ちょっといま、他のことが考えられなくて」とか言って。それがマジだから余計に性質が悪い。
「ほんと、すいません……」とか言って。許されようとかって思ってはいないのです。どっちだって良い! いちおう悪いと思ってるけど、改善の計画は皆無。そんな時間は、そんな自分はない。極悪人なうえに開き直ってもいる。

さて、チリには行かないし、飼い猫はくたばったら嫌だし、あんまり仕事もしてないし、郵便物も電話もメールもうつろな目で見て放置。
なにしろ自分のことを考えていない。飼い猫のことだけを考えていたら、郵便物も電話もメールもどうだって良いに決まっているでしょ、そりゃ。

まあ、そんなことはどうだって良いんだよ。そんなこと、がもはやどんなことかわからないけど、とにかくそんなことはどうだって良い。自分が考え事で得たあれこれもどうだって良い。数ヶ月もインプットや思弁をさぼっている若くない人間の「勘」なんて害悪だよ。そんなものアウトプットしてる暇があったら眠ったほうが世のためだ。まあ、いまは社会的存在でなくなってしまっているから、世のことなどどうだってよろしい——ってなわけでついツイートとかしちゃう。

とはいえ、夏っぽくもなってきたし、ラグジュアリーな良い感じの眼鏡屋で金に糸目をつけずサングラスを作ったりもしたいよね。途中、ティーソーダでも飲みながら、ついてくれている店員さんと絞り込んだ三本のどれにするか、レンズの色はやっぱり寒色? とか相談して……。
外出しないけどね。完璧なキャットファーストの家に篭城しているから。眩しくないよ。
だいたい、そんな金は半月で飼い猫が使っちゃう。この世でいちばんかわいい生き物だから良いんだけど。お前の青い瞳はどんな宝石よりも美しい。あんまり見たことないけど、宝石とか。

ずっと何を言っているんだ、って感じだけど、別になにも言ってないんだよ。わかるでしょ? おれに何か言って欲しい気持ちなんてあなたには微塵もない。
ただ、形がないといろいろ不便なんだよ。利便を得て、本質を失う。利便を得て、本質を失う。そういう快楽に咽び泣くという遊び。そしてアフタートーク、あるいはピロートーク。
ああ、くだらない。つまらない。だけど最高な感じもして最悪だしグッとくる。

さて、おれはお前の形を愛しているのだろうか? 眼球のひとつやふたつはくれてやる。いらないだろうけど。おれには大切なものだけど。

きっとまだ先のこと

前回の日記から約一ヶ月が経った。
その間、ほとんどずっと飼い猫のもきちと過ごしていたわけだが、通院や各種薬の投与、餌の工夫なども日常となりつつある。
とはいえ、病状からして、良くて現状維持、起こるべくはあたらしい異変だけであり、常に観察の時間が流れている。

世の中のことにとんと疎くなってしまっているし、音楽もあまり聴いていない。視線も意識も家の中にだけ向けられている。
それは、これまでに何度も繰り返し予想してきた状態のため、混乱も動揺も起こっていない。あらかじめ選ばれていた選択肢だけが採られている。

目に見える発見はとくにない。だから記すべきこともほとんどない。
いろいろのことが言葉になるのは、きっとまだ先のことである。

格好良い動物

午前9時前、元妻が忙しい合間を縫ってもきちに会いにきてくれる。もきちはずいぶん喜んで、しばらくはしゃいだ後、疲れて眠った。

13時、タクシーで動物病院に。片道千円と少し。診察と皮下点滴。もきちを一度家に帰し、今月分の奨学金の返済のため郵便局に。ほとんど仕事をしていないのに金がじゃぶじゃぶと。

帰宅後、もきちがおれの体の上に乗りたがってきたので少し驚く。今朝までの様子からは想像できないことだったからだ。

今日の診察は、以前、もきちの抜歯の手術を施してくれた綺麗な女性の獣医が行ってくれた。腎不全の治療はもちろんのことだが、特のこと、体躯の大きな猫は何も食べない状態が続くと肝臓も悪くしてしまうため、ひとまず何か食べさせるべきだとペースト状の餌を処方される。

食べるかどうか不安だったが、帰宅後のもきちはそれをぺろりと平らげ、皿に余っていた平時の餌にまでがっつきはじめた。慌てて昨日受け取っていた腎臓病の猫用の餌の試供品に取り替えると、それは思いのほか形状が大きく、もきちは前歯が出ているためうまく食べられないのではないかと懸念するも、それもたいらげた。
そして排尿と数日ぶりの排便を済ますと、今朝までの部屋の隅ではなく、いつもの場所で体を伸ばし眠り始めた。

やや呆気に取られたものの、とにかく食べ、そして眠り、ただ生きようとしている姿に敬服する。

17時。予定を先に伸ばしてもらおうかと考えていたおれの通院も、考え直し予約通りに訪れる。その後、今日は何も食べていなかったため腹ごしらえ。帰宅後、風呂を浴び無精髭を剃り、身嗜みを意識する。

もきちの一挙手一投足は動物として掛け値無しに格好が良く、目が離せなかった。わかった、と頷くほかなかった。
おれから指図することはなにもない。ただお前を尊重すれば良い。
そう教えてくれた彼は、その他にもいくつかの大切なことや美しいことを教えてくれた。それがたった一日のことだった。
体が辛く苦しいだろうに、そんな一日を飼い主に見せてくれるのはやさしさが過ぎる。ありがとう。