Tue Apr 26 2017

23日、日曜日。体が怠く、日中は寝ていたので夜に仕事。
24日、月曜日。そんな感じで、この日も夜に仕事をし、ひと段落したので未明から古谷田奈月『リリース』を読み始める。陽がすっかり昇った頃に読み終える。だからもう25日、火曜日のことである。
古谷田奈月『リリース』はとても良かった。文章がとても整頓されていて綺麗だ。三島由紀夫賞候補になったと知りあわてて読んだのだけれども、もっとはやく読むべきだった。五章立てで、第一章と第二章が良い。いままさにジェンダーについて考えようとしている人々を(ただ)待つ呪いの姿が、なるべく正確に、という想いで形成されてゆく。
今月の19日に少し考えていたことだったが、父性の弊害部分に関する議論を巧みにスルーするための構造を持っていて、たしかにいまそんなことに時間を使っているわけにはいかないのだった。それが取るに足らない問題だというのではない。呪いについて考えるうえでは、父性の弊害は牧歌的であり、ゆえに強固で、当事者不明の呪詛と並行して話せることではないということだと思う。

ひとつ引っかかったのは、おれが、この作品から姫野カオルコと米原万里の名を連想したことである。言うまでもなく、どちらも卓越した技術を持つ書き手で、極めて知的だ。
『リリース』の中に、次のようなシーンがある。

クエスティ、とエンダはまじないのように呟いてから名刺をポケットに押し込み、カウチに腰を下ろした。「読んでるよ。詩集みたいなニュースサイトだ。といっても、まあ、詩集のほうは読んだことはないけど。でも特に意味がないものだってことは知ってる。おたくの記事と同じ。あれだけ言葉を並べておいて、実際は何も言っていないというのは立派だ」
古谷田奈月(2016)『リリース』 光文社

二人の作家の名前を挙げ、作品からの引用をしながら、いま、少し考え込んでいる。ふとした引っかかりについて書くための素材を置いたところだが、なんとも言えない重圧を感じ、逡巡している。書きたいことはその重圧のことなのか、果たして……。

Sat Apr 22 2017

上の動画はTrad.Attack!というバンドの『Imepuu / Magic Tree』という曲のMV。
Trad.Attack!はエストニアのバンドで結成は2014年。これまで2枚のアルバムをリリースしていて、来月19日に3枚目のアルバム『KULLAKARVA / SHIMMER GOLD』がリリースされる。『Imepuu / Magic Tree』はそこに収録予定の曲だ。
メンバーはSandra、Jalmar、Tõnuの三人で、それぞれ長い間伝統的音楽を仕事にしていたため見てのとおり演奏技術が非常に高い。アコースティックギター(Jalmar)、ドラム(Tõnu)、それからフロントマンであるSandraはバグパイプや口琴などさまざまな吹奏楽器を使う。
バンドのコンセプトはバンド名のままの単純明快で、トラディショナルな楽器を使ったアタック、それも、MVでも象徴的に使われているミラーボールから判る通り、反復とリズム——ダンスへの昇華——を目的としたアタックだ。

なぜこんなにTrad.Attack!について詳細に書いているかというと、ネットで調べても日本語の情報がちっともなく、仕方なくGoogle翻訳に頼っていろいろと調べたからだ。
本国エストニアではとても人気のようだが、エストニアに関しては中学の歴史でバルト三国のひとつとして教わった程度の知識しかなかったため調べると、首都はタリン、総人口は134万人と神戸市よりも少ない。たぶん、日本において著名な出身者は元力士の把瑠都くらいだろう。あと、Skypeはエストニアで誕生していて、IT化がすごく進んでいる国らしい。
来日はしたことがないようで、ただ、バンド自体は世界中で演奏することを目標に掲げているくらいだから、きっかけがあればきっと来てくれるだろう。
ぜひ、ライブで観たい。
Trad.Attack!の話は終わり。日記を書こう。

21日、金曜日。書き物の仕事。今年も世界陸上の中継は例の面々でやるぞ、というニュース。織田裕二、中井美穂コンビは20年目になるとのこと。思えば、そのコンビでの最初の中継、97年アテネ大会から観ているはず。中学校で陸上部に所属していたので、それなりに陸上選手に憧れていたのだと思う。
ちなみに、今年の5月でTwitterを始めて10年目に突入する。なので、過去4大会、その時期は世界陸上のことばかりツイートしてきたと思うが、一切、反響はない。周囲には誰も陸上ファンがいないのだ。でも今年のロンドン大会も、誰も興味のない固有名詞(選手名)をバンバン呟くぞ、とニュースを機に意気込む。たぶん今年、相当おもしろいよ。夏が待ち遠しい。

22日、土曜日。Trad.Attack!のおかげでエストニアへの関心が高まっていたタイミングで、Krista Mölderというエストニアの写真家が馬喰町のKanzan Galleryというところで個展を開催中との情報を得る。あの辺りは仕事でときおり足を運ぶので、なにかついでの用事があれば良いが、それでなくとも観に行ってみようかなと思っている。

Thu Apr 20 2017

18日、火曜日。このところ、飼い猫のもきちの甘えたがいつにも増して強い。ずっとベッドで共に寝ていても、おれが起床し、さして広いわけでもない家の中を移動するたびにその後を追ってくる。春だからだろうか。普段は無口なやつだが、このところは口数も多い気がする。
春ということで、多肉植物を販売するサイトを作ったのを機に購入したハオルシアも花を咲かせている。去年は4月の頭には咲かせていたはずだから、比べれば遅かった。20代の前半までは、植物を育てることにも動物を飼うことにも一切興味がなかった。そして、外からもたらされたきっかけがなければ、きっといまもそうだったろうと思う。そのままでなくて良かった、些細な変化を繰り返せて良かったと思う。

19日、水曜日。夜、友人たちと北千住で呑む。気づくと、このところの思考をまとめようとしているかのように滔滔と思っていることを口にしていて、ひとりで帰り路を歩く時にようやくなにか合点がゆく。聞かされるほうからすれば迷惑な話だと思うのだが、ついやってしまうことのひとつだ。なるべくそうはしないよう、こうして日記という形でノートを記述しているのだけれども、口頭の速度がもたらす連綿の効果には記述では得られないものも多く、なかなかに悩ましい。それはともかく、ようやく寒さもなくなり気持ちの良い夜が続く。

20日、木曜日。仕事の合間に、Netflixで木皿泉脚本の『パンセ』、『ベター・コール・ソウル』シーズン3の第二話を観る。音楽はKendrick Lamar『DAMN.』、Weyes Blood『Front Row Seat To Earth』など。あと、iPhoneの具合が悪い(通知機能が不全に思えた。以前からLINEなどで通知がないことがあり、その他にも、おれの不注意かどうか曖昧なところもあるが、通知を正しく表示しないことが増えた気がしている)のでひさかたぶりにMacに繋ぎメンテナンス。すると、なぜかiTunesには入っていなかった、ずいぶん以前にダウンロードした「吉本隆明の183講演」が追加されたので、適当に選び聞く。聞き始めると仕事がまったくできないし、BGM的なものとして優れているかというとそうではないので、すぐに聞くのをやめる。

上の、19日のこと。「ひとりで帰り路を歩く時にようやくなにか合点がゆく」と書いたが、この合点はいかにして得られたか、このことを精査する必要がある。なので、忘れないでおこう。

Mon Apr 17 2017

今日は夕方から雨降りの一日でした。風も強くて、あまりうまく物事を考えられる一日ではなかったですね。本来、こういった日に日記を残すことは賢いことではありません。
世の中にはどうだってよいこと、つまらないこと、くだらないことがたくさんあります。そういったことに目くじらを立ててしまう日は、たいていこういう日なのです。ちょっとした具合だけが、その理由なのでしょう。具合のよろしい機嫌の良い日ならば目もくれぬことに過敏になりつまらないだとかくだらないだとかと言う。想うのはすぐに忘れてしまう性質のことばかりです。
ところで、なにが知りたいですか。
嫌いではない、できれば好きなある一つの物、それを毎日見ていれば、大体のことは知ることができるでしょう。刺激を求めていろいろなところへ出向くのは、ほんとうは何も知りたくないからなのです。時にはなにも知りたくない日もあって歩き廻ってもやがて帰るのは家です。そしてそこでその日も毎日見ているなにかを見る。
それって、あきれるほどに___。

Sun Apr 16 2017

13日、木曜日。
Twitterで足立区役所のアカウント(@adachi_city)をフォローしているのだけれども、この日、公園管理課からのツイートで、荒川河川敷のチューリップが見頃という情報。
これまで花を買った記憶は一度もないし、ほとんどの花の名前も知らないのだけれども、なんとなくチューリップが好きなのと気候も良く外出したい気分が重なり、バスで荒川河川敷に。
確かにチューリップは咲き誇っていた。チューリップの写真を載せるべきだ。ちゃんと撮った。ただ、上に載せた写真は川の近くにいた鳥。なんとなくこっちのほうが写真としては好き。

チューリップを見ていて、ふと、花壇があまり好きではないことに気が付く。ずっと昔、小学生の頃からぼんやりと感じていたことだった。花は嫌いじゃないけれども、花壇があまり好きでは無いのだと思う。それはなぜかとチューリップを見ながら思うも、しっくりくる答えには辿り着かず。でも、時々、庭先にたくさんの植木鉢を並べていろいろな花を育てている家を見るが、それはなんだか好きで、それと花壇との違いは何か。高低差や立体感といった、構図に関する美的ななにかが関係しているのかもしれない。無数のチューリップが等間隔に咲き誇っている画は、どうも平面的だった。一本一本のチューリップは綺麗だった。

14日、金曜日。
肋骨あたりが時折痛む。

15日、土曜日。
やはり肋骨付近が時折痛む。夕方、友人に誘われ上野公園に花見に。ソメイヨシノはすっかり葉桜。ただ、あたたかい日だった。桜が見頃の夜はいつも寒い。

16日、日曜日。
引き続き肋骨付近は時折痛むが、よくよく考えてみればそれは昔から知っている痛みで、このところはなかったから忘れていただけのようにも思う。少しネットで調べて見ると、肋間神経痛という、ストレスが原因のもののような気もした。日毎の気温差や朝夕の気温差の大きな時節なので、体も少し怠い。肋骨も、なんかそういうあれだろう、ということに。
夕方、友人たちとダーツに興じる。金がかからないわりに愉快な遊びだ。