Fri Jun 23 2017

徹夜で仕事をした後、通勤ラッシュのやや落ち着いた電車で取引先に向かう。いちおうの理由があって、家を出る前から自分がいらいらとしていることに気づいていたので、車内でその感じを無くそうと努めるものの、やはり取引先でいらいらしてしまう。
付き合いの長い、最近そこの社員になった男性がうまく事をまとめてくれたのだけれども、自分はひとりで責任感から逃れて生きてきたからこういうままなのだろう、と反省する。そもそも……、と帰宅後に考え始め、責任感の必要なポストに自分は付いたことが——、と思い返してみると、結構就いていたことを思い出した。

小学生の頃は生徒会の副会長で、中学生の頃は陸上部の副部長。高専の頃はバイト先で副班長というポストだった。
それで、自分がこれまでポストに就いたとしても全て副○○だったことを分析しようとすると、なんとなくはじめに想起したのが、小学生中学年の頃の通信簿のことだった。

よく仮病で休んでいたが、成績は良かった。たしか、○やら△やらで評価されていたように思うが、だいたい○だった。だけど、特記というか、先生からの注意書の欄に、親に向けて、さとしくんは正義感が強すぎるところがあるので気をつけたほうが良い、というふうに書かれていたのを読み、ショックを受けたのだった。
たしかに、当時から自分のそういうところは自覚していて、ごもっともだったのだが、先生に裏切られたような気分になったのである。

——そういう人間、それを「副」ではないリーダーはどう扱うべきか。
妙にこだわりがあり、正義感が強く、意外と行動的な人間を敵にまわすとすいぶん面倒である。いちばん良いのは、傘下に迎えて、その場所でその性質を発揮さえることではないか。なるほど。
——というわけで、自分がいかに副○○に適当だったかを再確認するわけだが、いらいらしてしまったおれはその後、取引先の方に(こいつハラペコで栄養が足りていないからいらいらしているのでは?)と、おにぎりと野菜ジュースを買い与えてもらい、ソファで二時間ほど勝手に仮眠を取り帰宅する。帰宅ラッシュ。こんな状態の電車に毎日乗るなんて、絶対に嫌だ。

Thu Jun 22 2017

今月の5日を最後に書かれていなかったので、17日ぶりの日記。
空白の期間が長かったためそれなりにいろいろとあったのだけれども、例によって詳細に思い出すことは難しい。

池辺葵『プリンセスメゾン』4巻と、ばるぼら・さやわか『僕たちのインターネット史』を読み、筒井(康隆)さんのインタビューが掲載されていたから「BRUTUS」の849号は、いつものようにオリジン弁当のイートインで読まずに購入して読み、Lordeの新譜『Melodrama』を聴く。
はなもとゆか×マツキモエ『WORM HOLE』をこまばアゴラ劇場で二日続けて観劇し、高嶺(格)さんや、大学の後輩たちと久しぶりに会い、神奈川の友人の家に遊びに行き、いつだったか終電を逃して押上駅から東京スカイツリーを背に家を目指したが南千住でくじけてタクシーに乗った。
どこかの駅で飛び込み乗車をしてきた、長身でヒールを履いた女性がかわいかった。
21日に「電脳世界の生物は幽霊か?」とツイートしている。

毎日いろいろなことを考え、いろいろなことを想っていたはずだが、どれもどこかに行ってしまった。

Mon Jun 5 2017

ひさしぶりに会う友人としばらく話したので、いろいろなことを思い出すことになった。
終電間近の電車に乗って帰路を行ったが、考え事をしていて最寄駅の隣の駅で降車してしまった。そこは東京に越してきた時に、新居の地名が付いた駅だから最寄のそれだと勘違いして降りた駅だ。特に用事のない場所だから、その駅で降りたのはそれ以来だったかもしれない。その場所の記憶が蘇り、いまのその場所があり、そのふたつから距離を感じなにかを想う。
人や場所や物から、その時のなにかを思い出す。その内容は複雑で、情景は輪郭を持たない塊としてそこに現れる。
家に帰る途中だったからその駅からは歩いて離れてゆくことになったが、歩みのたびにその塊はほどけて零れ落ちていくようだ。
できることならその塊に輪郭を与え、できることなら一般化と具象化を同時に施したい。そのために時折、何万、何十万の文字を書き連ねるが、その時のなにかとはまた別のなにかが生まれるだけだった。
いまもある場所、いまはない場所、生きているひとと死んだ人、壊れた物、いまも使っている物、会ったことのない人、知らない人と知らないもの、この世のどこにもない場所。なにかを感じるための情景は、特に条件を持たない。この世のどこにもない場所にいるこの世にはいない人が、乱暴に塊を置いていくこともある。
その瞬間にもっとも質量を持ったその塊、刻一刻と溶けてゆくそれに輪郭を与え、一般化と具象化の果てに保存しておきたい。さらにはそれを他者にも与えたいとすら思うことがある。きっとそういう時は、そこにあるのはまだ持て余す塊なのだろう。そうでなくなった時、もう一度逢いましょうと別れを告げることができる。
別れを告げるために、何万、何十万の文字を書き連ねる。もう一度逢うために何万、何十万の文字を書き連ねる。
方法は人それぞれだが、そんなふうにして別れと再会を考える行為が日常には潜んでいる。それは忘れることとは似て非なることで、それはきっとそうなのだ。
だからやはり、今日もこうしてすべてが溶ける前に輪郭を探している。すべての美しいと思った情景と再会するためには、それを繰り返すしかなさそうだ。

Sat Jun 3 2017

実際のところ、食パンばっかり食べてる。正しくは、食パン二枚を焼いて、そこに生ハムを挟んでオリーブオイルをかけて黒胡椒をまぶしてサンドイッチにしてる。珈琲豆は切れてるから紅茶を飲んでる。金が全然ないのでそればかり食べてるけど、さすがに飽きてきた。
この間なんか、取引先に向かう電車賃しかなくて、取引先で帰りの電車賃が無く途方にくれていたらそこの社長が千円くれて夕食まで奢ってくれた。ありがとうございます。
本格的に暑くなる前にエアコンを試運転しておこうと思って全三台を稼働させたけど、いちばん使うリビングのエアコンはやっぱり風の出口から水滴が落ちてくる。そして水滴はルーターの上に落ちる。
よく晴れた日は洗面所から悪臭が漂う。しばらく水を流していると臭いは消えるから我が家の問題じゃないと思うし大家さんになんとかしてもらいたいけど、わりと家賃を滞納するから言いにくい。
で、ティファールの電気ポットをクエン酸を使って綺麗にしようと思ったら、間違って「海人の藻塩」っていうなんか良さげな塩を使っちゃった。似てる。
最近は洗濯物がすぐ乾くから、洗濯好きのおれにとっては良い日和なんだけど、毎年あんなに憂鬱な梅雨が間も無くやってくることをすっかり忘れてた。何度も遭遇しているのになんで忘れるのか。やっぱり夏の気配は今年も新鮮。
しかも今年の夏は世界陸上がある。開催地はロンドン。時差の加減で夜の真夜中に見られそうで嬉しい。ここ数年は南アフリカの台頭が面白い。世代交代の時期だから、新しいひとが躍動するのか、それとも経験者が技術を見せつけるのか。楽しみで仕方がない。ベルギーのボルリー兄弟は今年もリレーを走るだろうか。ルメートルはどんな調子だろう。バレリー・アダムスはどうだろう。今年もキム・コリンズの姿は見れるだろうか。
いまのおれは50メートルですら、全力で走れる自身が無い。
ところで何か買っておかないといけないはずだったが、なんだったか。食器用洗剤は買い置きがもう無いけど、まだしばらくは大丈夫。歯磨き粉もまだある。飼い猫の餌はそろそろ買わないといけない。飼い猫のトイレの砂はこの前買った。なんだったか。
珈琲豆か。いや、珈琲豆もそうだけど、もっと実用的ななにかを買う必要があった気がする。
思い出せない。冷凍庫にずいぶん前から入っている冷凍ピザを誰が買ってきて入れたのかも思い出せない。おれは買わないから、誰かが買ってきて、それで忘れていった冷凍ピザはまだ冷凍されている。少し家の中を歩いてみれば思い出すかもしれない。
思い出した。麦茶のティーパックだ。珈琲豆に近いけど、おれにとっては嗜好品というよりも生活必需品で、その境界にあるが故に見落としていた。でもまだ一袋あるから大丈夫。外もすっかり明るいし、カーテンを閉じて寝よう。今朝は眠るのにちょうど良い気温。

Fri Jun 2 2017

いまは朝の4時25分ですけど、日は昇り始めていて外は明るいです。気付けばもう6月ですね。天気は良さそうだけど、気温は低いのかな。日中は暑くなるのかもしれないですね。
それで、別に好きなことばかりやらなくても良いっていうか、面白いことっていろいろありますから、そんなにひとつにこだわって、これしかない、とかってしなくても良いとは思うんですよ。ただ、やっぱり時間が無いっていうか、たとえば自分にとっていちばん面白いものを探す暇とお金があって、それで世界中まわっていろいろ見て、ああ、これがいちばんだ、これしかない、って仮になったとしても、その時にはもう、とっくに肉体は老いてるんじゃないかって思うんですよ。見つけるのが目的だったらそれで良いんですけど、要はそっからなのに、気力とか体力とか、そういうのは有限ですから。
で、だから、なんていうか、もう一度逢いましょう、って言ってお別れするんです。もう一度逢いましょう、っていうのは、つまり、願いながら折った紙飛行機を見つめて、さあ、うまく風に乗り、どこかもわからないあの人の家のあの人の部屋の窓に飛び込んでしまえ。それで良いんじゃないかな、いろんなこと。
もしかしたら時間の捉え方が変わってきたのかな。
だって、いましかないわけないじゃないですか。ありますよ、明日も明後日も。昨日も一昨日もありましたし。いまってその間のことで、それしかないわけないんですよ。止まらないものに追い付こうとしないで、変わらないものを変えようとしないで、一旦、もう一度逢いましょう、って言ってお別れするんです。だって、もう一度逢えたら素敵じゃないですか。そんなふうなことをたくさん増やすほうが、これしかない、ってものを見つけるよりも面白いかもしれないですよ。
わかりやすいものが欲しいんだったら、いまの話は忘れてくれて大丈夫です。
それより、わかりやすいものが欲しいあなたの好きなものは、いくらでも知っているんです。全て知っているといっても大げさじゃないかもしれません。全て教えることができます。でも、大体一緒なので飽きたらもう一度声をかけてください。その時に逢えるかどうかはわからないですけど、それはまあ、そういうものだと思います。いつになるかはわからないですけど、話の続きはその時にしましょう。では、また。