Tue Jan 23 2018

20日もまた22時まで眠りこけてしまい、このままでは一生お出かけできないので、平山夢明『ダイナー』を読みながら21日の夜明けを待つ。
読了後、家の掃除を少しし、出発。帰省と、人と会うのが目的。

13時、文化庁メディア芸術祭京都展「Ghost」に。高嶺格『歓迎されざる者』を観る。
インスタレーションであるその空間は、高嶺さんの作品に通底する、すっきりとしたレイアウトなのだけれどもそれでいて無機的ではない独特の感触。
椅子が一脚。そこに掛ける女性が詩を読んでいた。
詩は元来、発声されるものであったが、やがて、書かれ、そして読まれるものとなったため、ずいぶんと昔から黙読されるものでもある。
女性は詩を音読していたため、手元にはそれが書かれた本があった。だから、その空間は、わたしたちがいれば、わたしたちに読み聞かせる空間となった。
おそらく誰もいない時も詩は読まれていただろう。ただ、観るものが知ることのできるその場所は、読み聞かせが行われる空間でしかないため、ほんとうのところはわからない。

ここ三年ほど、「歌」と、それを「歌う」ことについて考えてきた。拙作『イサナの歌』はそういう小説でもあったが、それを書き終えたいまもまだ、「歌」と、それを「歌う」ことについての思考は続いている。いま手掛けている『電子のテルマ(仮)』にもその思考の変遷は反映されるだろう。
現代において、「詩」を音読するものは、あるいは「歌」を歌うものは、どのような場所でならば歓迎されるのか。それは、歌手や詩人の話ではない。最高に小さな歌の話である。

展覧会を後にし、出町柳の喫茶店に。年齢不詳のウエイトレスがいて驚く。綺麗なひとだったが、一見老いて見える。ところが声はとても若く美しい。

夜、友人と会食。深夜に大阪の実家に帰る。

22日。大阪は曇天でとても冷えた。東京では雪が降ると再三報じられていた。
浅い夜、梅田まで移動し長年通っている美容室に。といっても、約三年ぶり。店は名前も内装も変わっていたが、懇意の美容師は変わらずだった。
理髪を終え、コーポ北加賀屋、千鳥文化に。
西光祐輔さんの個展『THE NIGHT』。とても良かった。コーポ北加賀屋と千鳥文化の二箇所で行われていた展示はそれぞれ趣が違い、どちらも良かったが、特に千鳥文化でのものが好きだった。
千鳥文化では西光さんがバーをやっていて、そこで西光さんをはじめ、ひさしぶりに会う方々、そうでもない友人と過ごす。
午前様で実家に戻る。

23日。22日の夜遅くに飼い猫の世話を頼みこの日も誰かと会うつもりだったが、都心の雪の影響で22日の飼い猫の世話が夕方となってしまったため朝から帰路に。
昼過ぎに戻った東京は雪がたくさん残っていたが、晴れていてあたたかかった。

Fri Jan 19 2018

昨日の日記を「(出掛ける)準備をしないと……」と締めたにも関わらず、20時過ぎに起床してしまった。よくない眠り方をしてしまったせいだ。
で、起床後すぐに小室哲哉の引退会見があったことを知る。また、オウム真理教関連の事件の裁判が近々終結するため、死刑囚らの死刑執行が検討されはじめたとの報道。
なんども90年代は終わったが、90年代は全然終わらない。
90年代は終わったし、90年代はいまも終わっている。このうんざりするトートロジーは、2018年のいま、18年もの間、90年代の「破壊のターム」が続いていることを意味している。TKが引退するのも、法の下、(オウム真理教関連の事件で裁かれた)死刑囚たちが全員殺されるのも、90年代の終わりにはならず、90年代の「破壊のターム」の激化を意味することとなる。
でも、当たり前のこととして、いまは2018年だ。阪神大震災からは23年の時が流れた。そして90年代の「破壊のターム」は帰結のごとくディストピアを自動生成し続け、そのような老化を続けた。なぜ90年代は終わらないのか。世紀末は繰り返され、いま生きている我々が知る唯一の世紀末は90年代だけだからだ。なんども終わり、終わりの始まりを繰り返し、だから終わらない。死体が山積みにされてゆくだけである。

Thu Jan 18 2018

この三夜ほどで、『地下鉄道』(著:コルソン・ホワイトヘッド/訳:谷崎由依)を読む。好きな小説だった。
それほど長い長篇ではないし、訳文も読みやすい。なのに三夜もかかったのは、それぞれの文章の密度が高く、風が吹くように凄惨なことも起こるためだった。
またひとつ、大きな無知を知る。このペースだと死ぬまでなにも知らないままである。

何度か付けようと思ったのだったが、一週間も日記が空いてしまった。
16日の深夜に、高嶺(格)さんがメールをくれ、今月25日まで京都で展示をしていると教えてくれた。
送ってくれたリンク先には、『歓迎されざる者』という作品であることと、漂流物の写真が掲載されていた。
その後、少し調べると、どうやらこの写真は昨年末秋田に漂着した船のようであった。

『秋田領民 漂流物語』(著:神宮滋)という本があり、読んでいないのだけれども、それは鎖国の時代下、不慮の漂流の果て、生還した秋田のひとびとの話が記された本らしい。読みたいのだが、見つけられていないのだ。
それにしても、「秋田領民」でくくられているのが気になる。秋田は漂流と縁深い土地なのだろうか。
芸大卒、その前は高専を中退した学歴のおれは、高校レベルの国語、地理、歴史をまったく学んでいないため、もしかすると「秋田は漂流と縁深い土地なのだろうか」という問いは、とても浅薄な問いなのかもしれない……。だからこそ読みたいし、また別の「漂流」にまつわる本も購入済みである(『地下鉄道』を先に読んでしまったが……)。

そうした関心を持っているいま、上記の『歓迎されざる者』という作品は非常に興味深い。やはり観に行くべきだろう。
悩んでいたが、この日記を書くうちに行くべきだと思った。だから、準備をしないと……。

Thu Jan 11 2018

上の写真は、10日の朝、仕事部屋からリビングを撮ったものだ。
日常的に写真を撮るが、日常的に外出はしないため、写真は家の中で撮られるものが多い。同じような写真がたくさんある。それでもふとこの写真が気になり、中央に映る星——David Bowieの12inchシングル『★』——とランプシェードを見つめるうちに、もしかして、と調べると、1月10日はDavid Bowieの命日だった。

別段、David Bowieのファンでは無いのだけれども、『Hunky Dory』、『The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars』、『Low』、『★』は良く聴くアルバムだし、昨年の今日(11日)は、天王洲でデヴィッド・ボウイの回顧展「DAVID BOWIE is」を観ている。
なんとなく覚えていたのだろうか。

10日の日記としては、その後、昼過ぎに取引先へと出向く。
角を曲がると明治座の柱に貼られた「コロッケ特別公演」のポスターが飛び込んできて圧倒される。
帰路、秋葉原で腕時計の電池交換。

11日。
昼過ぎ、思い付き『N.O.』を聴く。

学校ないし/家庭もないし/ヒマじゃないし/カーテンもないし
電気グルーヴ(1994)『N.O.』より

聴くたびに、学校はない、家庭もない、暇はある、カーテンはある、と反応してしまう。
だからなんだ、という話だが、おれにとってこれはそういう歌だ。

Tue Jan 9 2018

最近はThe Doorsの1stばかり聴いている(時々『Strange Days』)。
あとは、Cigarettes After Sexの1st、卓球と旅人『今夜だけ』、Saint Etienne『Foxbase Alpha』など。
本を読んだり映画を観たりはしていない。
元旦にデボラ・フランソワとロマン・デュリスが見たくなって何度目かの『タイピスト』を観たくらいか。

この二三日は体調優れず。いまは10日の朝だが、少し落ち着いた。
乗っていた大型旅客機が墜落する夢を見る。わかりやすい夢なので夢占いを調べてみたが、目標の頓挫の予知夢、というような内容が多かった。
調べておいてあれだが、夢占いは信じていない。あれは、シニフィエの位相がその時どこにあるかで容易にプリズムだし、夢において重要なのはディティールだと考えているからだ。
例えば、今朝俺が乗っていた旅客機は離陸に失敗し墜落したが、熟練の機長の判断で死なずに済んだ。
ただ、離陸の際に九龍城砦にありそうな高層集合住宅は何棟か破壊されたし、墜落場所付近にあった銭湯で昔ながらの極道の葬儀があり、そこを中心に抗争状態になりつつあったので、流れ弾に当たった乗客もけっこうな数がいた。自覚夢ではなかったけれども、俺はそこ(今朝の夢の中)では死なないことがわかっていたので恐怖は無かったし、周囲が生死を巡る活況にあって良い気分だった。
熟練の機長(眼鏡をかけた初老の男性)は死ななかったと思うが、空中で九龍城砦的住宅棟に取り付けられていた巨大な赤いネオンの粉砕の前でがきデカの「死刑!」のポーズでストップモーション、その後落下しネオンの破片の中で腰を強打していた。無傷の俺が駆け寄ると腰をおさえながら「これは無理。俺じゃなかったらああなってた」と機長は中空を指差した。モダンなフォルムの機械制御が行き届いた飛行機が離陸直後仰向けになって海へと落ちて行くのが見えた。