2021年4月17日(土)

頭痛で起きる。ちなみに昨日は自分の笑い声で起きた。夢で男が柴犬に襲われそうになっていた。男はきっと噛みつかれるのだろうと見ていると、柴犬は後脚で立ち上がり、右前足でボクサーのようなボディブローを三発連続で男にヒットさせた。男は前のめりになり呻いていたが、柴犬の襲い方が予想外だったためそれが可笑しく、笑ってはいけないと思いつつ漏れ出る自分の笑い声で起きたのだった。

今クールはこのあたりか、とNetflixで『ゴジラ S.P』『SSSS.DYNAZENON』を最新話まで観る。『シン・エヴァンゲリオン劇場版』も含め、このところは円谷プロが根幹を担っているものばかりだ。『SSSS.DYNAZENON』は『SSSS.GRIDMAN』を当時観ていたことから、次はどんなアプローチを取るのかに興味があった。『ゴジラ S.P』は絵柄に惹かれ観始めたが、どちらも思いのほか面白い。

笑って起きたり観ているアニメが面白かったりするのに、基本的にはとてもつまらない気分が続いている。感覚が鋭敏になっているのか鈍くなっているのか判別がつかない。ただ退行によって刺激への対応が単純化しているという予想が正鵠を得ているようにも思う。あるいは、過去のもっと面白かった事を忘れ始めているか。なんにせよ、しばらくはこのままだ。

2021年4月15日(木)

午前、洗濯機を廻し、確定申告のため税務署に。帰宅後、干す。昼寝。
ところで、昨日ようやく確定申告の書類を封筒から取り出したため知らなかったのだが、今年から基礎控除の対象額が10万円分上がり、青色申告特別控除の対象額が10万円分下がっていた。つまり、合計の控除の対象額に変動はないのだが、e-Taxを使用すると青色申告特別控除の対象額は前年と同額となり、対象額がこれまでより10万円分増加することになっていた。知らなかった。なんてことだ。納税の義務を果たしている気分を強く感じようと税務署に通っていたのが間違いだった。来年、この失敗を覚えていますように。

レイトショーで『シン・エヴァンゲリオン劇場版』。二度目の鑑賞。初めてMX4Dを体験したのだけれども、画面外で起こる様々のことをどう思えば良いのか戸惑う。時折、顔に風を吹きかけられるのだが、前の座席の人たちの前髪が跳ね上がっているのがシルエットで見え、自分の前髪もああなっているのか、と思う。水を顔に吹きかけられた時は、隣の席の眼鏡をかけた男性が「まじか……」とつぶやき、同じく眼鏡をかけた俺の気持ちを代弁してくれた。よくわからないものが足を叩いてくる。——と、基本的に画面外を意識させる仕組みの幾つかは(おそらく例外的に、かつ二度目の鑑賞だからだが)『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の体験としての価値を高める効果もあったと思う——、いや、単に二度目の鑑賞だったからか……。ともかく、作品の性質上、映像体験としての濃度が高く、すこし引いて観たほうが見えるものがあったのだろう。面白かった。

2021年4月14日(水)

昨日から雨。
夕方、年貢の納め時……という気分で確定申告書を作成しはじめる。毎年のことだが、やりはじめるとさほど苦ではない。源泉徴収や仕入れがほとんどない職種なため、一年分の家計簿をまとめて付ける、といった感じの簡単な作業で終わる。

今クールのテレビドラマは『大豆田とわ子と三人の元夫』を見ることに。昨日13日火曜日が初回だった。

この頃は東京五輪の報道を見ると、昨年か一昨年にNetflixで観たドキュメンタリー映画『FYRE: 夢に終わった史上最高のパーティー』を想起する。
それは「Fyre Festival」という悪夢的な失敗に終わった音楽フェスに関する映画で、事件に無関係ないち視聴者でありながらも着実に失敗へと向かう筆致とその果ての惨状に肝が冷えるのは、世の中のほとんどの仕事が多かれ少なかれ綱渡りに似た振る舞いをしていることを知っているからだ。

Nicolas JaarとDavid HarringtonによるDARKSIDEが新曲を出したと知る。夏に2ndアルバムをリリース予定とのこと。

2021年4月6日(火)

Lost Girls『Menneskekollektivet』、Dry Cleaning『New Long Leg』、Godspeed You! Black Emperor『G_d’s Pee AT STATE’S END!』を聴いている。どれも良い。それはあたらしいものかと問われると首をかしげるが、どれもここ最近リリースされたのだからあたらしくないはずはない。聴きたかった音楽だ。どこか小さなシリンダーのような場所で圧力を高めているような音。それによりピストンが動くか否かはさほど重要なことではなく、その閉じ込められた場所で高まった圧力がそのまま音楽になる。

2021年4月1日(木)

Lost Girls『Menneskekollektivet』を何度も聴いていた。2021年のベストになるんじゃないかな。めちゃくちゃかっこいい。

今年になってからの約三ヶ月、普段通りに新譜を聴いてきたが、どれもいまひとつだったところにアートワークも最高の『Menneskekollektivet』(ノルウェー語で「人間の集団」の意)だったから、そうかそうか、俺はこれが聴きたかったんだな、という気持ちにすらなっている。

とはいえ、さっきYouTubeでOlivia Rodrigoが二曲目(『deja vu』)のMVを公開しているのを見つけ、同時に1stアルバムは5月21日との報。なにか巨大なものを背負わされてしまうのは避けられないだろうけれども、(たぶん)だからこそ特別な音楽になる/なってしまうのではないだろうか。

今日も人はわけがわからないほど大きな罪を背負う(ふりをする)らしい。それは高速で繰り返されるため既存のアーキテクチャでは処理が追いつかず空中分解を起こし霧となる。霧が立ち込める。目が霞み霧に包まれ、だけどそのことには気付かないという才能だけが虚ろな階段を駆け上がる。その背中を訳知り顔で唾棄しイカロスの神話に真面目に戒められてもすでに地上に居場所はない。ここには霧が何層にも立ち込めている。選択肢は限りなく限られている。

2021年3月30日(火)

鳥飼茜『サターンリターン』5巻を読む。少し前だが、池辺葵『私にできるすべてのこと』、宮崎夏次系『あなたはブンちゃんの恋』2巻も読む。Netflixで見ている『呪術廻戦』は#24で最終回。漫画の最新話はコンビニで立ち読みしている。

あいかわらず退屈で退屈で仕方がないし、なにもやる気が起こらない。
最近聞いた曲が頭の中で流れる。でもその曲のタイトルが思い出せない。魔法が解けない、と歌っていたはずだ。
結局、その曲が何かを知るのに小一時間かかった。80KIDZ & AAAMYYY『Magic』。一生解けない魔法で——、と歌っていた。一生解けない魔法。
それにしても、この「何かはもう終わっている」という気分からは、一体いつ抜け出せるのだろうか。

2021年3月29日(月)

六週間ぶりの日記である。40日以上眠り続け、ようやく少し目が醒めつつある。その間、家の前の工事が終わり、東日本大震災から10年が経ち、毎週見ていたドラマ(『にじいろカルテ』『俺の家の話』)が最終回を迎え、TOKIOの長瀬くんは表舞台から去り、Daft PunkとV6が解散を発表、筒井さんの新刊『ジャックポット』が手元に届き、碇シンジくんが「さようなら、全てのエヴァンゲリオン」と言って、「緊急事態宣言」は「まん防」というのに代わったらしい。どうですか?

音楽はFloating Points, Pharoah Sanders & The London Symphony Orchestra『Promises』。

2021年2月16日(火)

毎晩、きっかり午後九時から家の前の工事が始まる日々である。それは未明まで続く。

11日(木)、テレビで『にじいろカルテ』第四話。

12日(金)、先月末に描いた二枚の絵を妹の家に送る。今月15日に誕生日を迎える妹からのリクエストだった。家に飾りたいのだという。どんな絵が良いのかと問うと、怖くない絵だったらなんでも構わないという。「窓」という表題の抽象的な風景画と、「怖くない魚」という表題の、古い図鑑に書かれていそうな魚の絵を描く。後者は、万が一怖い印象を与えてはいけないので「KOWAKUNAI SAKANA」と絵の中に書き記しておいた。

夜、テレビで『俺の家の話』第四話。

13日(土)、夜、大きな地震があったが眠っていた。かすかに覚えていたのは、あまりにぐらぐらとするのでそれがめまいだと思ったことくらいだ。

14日(日)、明け方に目覚め部屋に行くと、飾ってあったティラノサウルスのプラモデル(フジミ模型「自由研究1 きょうりゅう編 ティラノザウルス」)が床に落下し、尻尾が折れてしまっていた。なぜだろう、と少し考え、地震に思い当たる。
このティラノサウルスのプラモデルは、昨年の春に死んでしまった飼い猫のミイちゃんがよくいたずらしていたものだ。ミイちゃんは、俺が寝室に行くとこっそりと仕事部屋へと侵入し、なぜかティラノサウルスにだけちょっかいを出す。ティラノサウルスが落下するカタリという音が聞こえて部屋に行くと、まずいところを見られた、というような様子のミイちゃんを見ることができた。ほとんど毎晩、落下させられていたティラノサウルスだが、壊れてしまったのはこの日が初めてだ。

15日(月)、尻尾が折れたティラノサウルスだが、破損したパーツがとても小さいうえに可動を担う部分だったため接着するだけでは心許なく、どうしたものかと考えあぐねていたところ、朝、起き抜けに妙案が浮かび、実行してみるととても綺麗に直った。ミイちゃんは我が家に来るまでの数年(三四年だと思っている)、路上で生活していたため思い出の場所はたくさんあるだろう。ただ、半年ほど過ごした我が家のことも時には思い出すかもしれず、化けて出てはみたものの、いたずら目的のティラノサウルスの尻尾が折れてしまっていてはつまらない想いをさせるかもしれない。無事修復できて良かった。

2021年2月7日(日)

1日(月)、夕方通院。

2日(火)、ツイッターで「家の前の道路の工事がめちゃくちゃうるさい! くそっ!」とツイートしている。実際、むちゃくちゃうるさかった。夜、恵方巻を食う。恵方は南南東。

3日(水)、理由は忘れたが、翌早朝まで起きており、その後就寝。

4日(木)、前記のとおり早朝に眠ったが、昼前に悪夢にうなされて起床。
大きな犬を飼っている夢で、その犬をとてもかわいがっている。散歩の途中、ばかでかい熊を飼っている家の前を通りかかる。リードを付けていない飼い犬が興味本位に熊に近づいてしまう。危ないから離れろ、と注意すると、飼い犬は熊を挟んでおれの反対側に逃げてしまう。熊が起き上がる。飼い犬は飼い主であるおれと離れて不安だったのか、こちらに向かってくる。ところが、その途中にいた熊にひと噛みで食い殺されてしまう。体が圧迫され、両方の目玉が飛び出して絶命してしまった飼い犬の姿に衝撃を受け、夢はその画で静止画となってしまい、以降、しばらく胸の痛みとともに夢と現実の間に滞在する。
あまりのショックに、もう一度眠りたかったが眠れずこの日も夜更かし。

夜、テレビで『にじいろカルテ』第三話。安達祐実が良かった。

5日(金)、夜、テレビで『俺の家の話』第三話。

6日(土)、自転車で上野まで出かける。コロナ以前、どんなに上野にひとがあふれていても間違いなく入店できた中華料理店「中国家常菜 胡同101」に。土曜日の夜だったが、やはり店内には男性の二人組のみだった。久方ぶりの外食。

7日(日)、おそらく昨日、ノートに走り書きした「怪獣ズガガ」というメモに目が止まる。ずいぶん以前、図画工作という名前の少年探偵(あだ名は図工)の話を考えていたことがあったことを思い出し、ズガガは図画工作が生み出した人工生命であることに気が付く。となると——と考えた物語の触りは以下のようになる。

ズガガに用いられた人工知能はそのほとんどを図画工作少年の思想によって発達させており、それはすなわち「工作=物を作ること」を第一義としている。ところが、青年となった図画工作はテロリズムに代表される「破壊=物を壊すこと」がもたらす社会的衝撃が「工作=物を作ること」によるそれをはるかに凌ぐことに強いショックを受ける。その後、工作から破壊へと価値観を反転させる図画工作だが、その背景には人間的心理が大きく働いており、ズガガの人工知能はそのことに対応できない。代わりにズガガが思い出したのは、共働きであった大学の理工学部教授である父とインダストリアルデザイナーである母が共に多忙だったゆえに、あまりかまってもらえないことに心を痛めていた工作の幼少期の心理だ。袂を分かつ図画工作とズガガ。放浪するズガガはいつからか「怪獣ズガガ」と呼ばれはじめる。ズガガを作った男、図画工作の名はもはやテロ組織との関与の疑いで広まりつつあったのだ。

『怪獣ズガガ』は悲しい結末を迎える物語だ。
一時は多くの言語を自在に操っていたズガガだが、最後に発するのははじめに覚えた自身の名前「ズガガ」の悲しい響きである。