Thu Feb 23 2017

わたし、このところ御本をあまり読んでいませんでした。
購入した御本は、いつもすぐに読んでしまっていましたのに、このところは何冊も頁を繰っていない御本が机の上にありました。
今日、ようやく少し読書をしようという気が起こりましたので、高原英理という方の『ゴシックハート』という著書を読み始めたところです。とてもおもしろいですが、しばらく読書をさぼっていましたから、あまり長くは読めませんでしたね。

わたし、つい先ほどPlayStation4がDVDを再生できることに気がつきました。いままでどうしてか、Blu-rayしか再生できないものだと思い込んでいて……。ずっと昔に購入した再生機の具合が悪くて、DVDを観られず困っていたのに……。思い込みはおそろしいですね。気をつけなくてはいけないと思いました。

わたし、このところずっと紅茶を飲んでいましたから、ティーポットが茶渋で汚れてしまっていました。それが気になったから、研磨の効果のある白いスポンジ(激落ちくん)を使って、懸命にティーポットの汚れを擦り落としていたのですけれども、ふと視線を感じて振り向きましたら、飼い猫がすこし離れたところからわたしのことをじっと見ていました。
そのことがわたし、なんだか恥ずかしかったのと、ティーポットの注ぎ口の汚れは擦り落とすことが難しかったですから、Googleで妙案はないかと調べてみました。すると、重曹を使うのがよろしいとありましたので、洗面台の下の収納にそのようなものがあった気がしましたから、それを探しました。ところがあったのはクエン酸で、これは思い込みと言うよりも、勘違いでしたけれども、とにかく重曹は無く、クエン酸が見つかりました。でも、クエン酸でもティーポットは綺麗になりました。そのことが愉快でしたから、はじめて一人暮らしをし始めた時に購入した薬缶や、友人から譲り受けたT-falも綺麗にしました。T-falは、ティファールと声にしますけれども、ふつうに読みましたら、ティーファルですよね?

それにしても、この頃は風の強い日が多いですね。
ずっとお家にいましたから見ていませんが、きっとたくさんの自転車や植木鉢が転んでしまっていたのでしょうね。

Wed Feb 15 2017

今月13日、14日、15日の日記を書こうとしているいまは16日なのだけれども、13日のことがまるで思い出せない。
カレンダーによると、13日は月曜日だった。おれは、なにをしていたのだろう……。
自宅が職場だから通勤するわけでもないし、テレビ番組を見ることもほとんどなくなったため、月曜日らしさを失ってずいぶんと経つ。同様にほかの曜日の「らしさ」を感じることもすっかり減り、過去の「らしさ」——たとえば小学生の頃、木曜日は近所の英会話教室に通っていたので、学校に通うのも嫌なのにそのうえ習い事まである最悪の曜日、として認識していた——を、それも20年以上前の「らしさ」を引っ張り出してくる体たらくで、だから木曜日はなんとなく憂鬱だ。

月曜日の話だったのに、木曜日のことを書いてしまった。もう、月曜日のことは置き去りにして、火曜日に。
火曜日のことは覚えている。バレンタインデーだったから、とか、朝にめでたい報告をいくつか聞いたから、とかではなく、単純に一昨日のことだからだ。
昼過ぎ、仕事の打ち合わせのため池袋に。都市部に出て来ることはめずらしいので、良く街を見て帰ろうと思うも、なんの用事も金もないので打ち合わせを終えてまっすぐに帰る。
夜、なにか日記に書いておこうと思ったことがあったはずだが、忘れてしまった。一昨日のことなのに……。
思い付きのほとんどは忘れられてゆく。忘れられないものは、たぶん、受精を果たせる精子くらい稀有だろう。わからないけど。

15日、水曜日。特になにもなし。

Sun Feb 12 2017

写真は、爪研ぎを新調してやると、わかりやすく喜びを表現してくれているふうの飼い猫のもきちだ。金曜日のことである。
それを見て、なにか自分の物も買いたい思い、所用の帰り路にショッピングモールに立ち寄り、布団カバーやバスマットなどの実用品を買う。

土曜日はかわいい友人と北千住で呑んだ。
駅前で待ち合わせていたが、友人は車にはねられた猫を見つけてしまったため、遅れていた。猫はその後、近辺の野良猫の世話をしていたのだろうか、蕎麦屋のご婦人が引き取ってくれたらしい。
しばらく待っていると、20時にもかかわらず泥酔の男性三人組が通りかかる。カップルの女性にぶつかってしまったりと騒がしい。やがて駅前で散会し、二人になった酔っ払いだが、より酔っているほうがおれの間近で後頭部から転んで血を流し白目を剥いてしまった。そばにいた、旅行の待ち合わせに見える大学生のグループが駅前の交番に連絡し、酔いのまだましなほうの男がしきりに迷惑を謝っている。後頭部から血を流しながらも気がついた男が、じぶんに構うなと暴れ出したので、酔いのましなほうの男がより酔っている男を抑えつけていたが、しばらくするうちに暴れる男に腹が立ったのか、抑え付けたまま罵声とともに殴りつけ、ただの喧嘩に。そこへ警官がやってきた。
やさしい友人もやってきたので、駅前を後にする。

午前様で帰宅。もきちがいつものとおり玄関まで迎えに出てきてくれる。外は人にも猫にも危険がいっぱいだったよ。

ところで、金曜日、

死刑制度に反対する理由を簡潔に説明するにはどうすれば良いか——、それをさっき風呂上がりにふと思いついたのだけれども、これは日記ゆきの内容だな。

とツイートしたのだったが、それのことを書いておこう。
哲学や法学の面からは書けない。論考などではなく、あくまでも自分が人に対しておこなう説明である。

時折、じぶんが過去にやった悪いことや酷いことを思い出して、なんとも言えない気持ちになることがあるでしょう。昨日のことでも、ずいぶん昔のことでも、きっといつまでたってもなんとも言えない。そもそも、もう謝ることが難しい。独り言ちるわけではない発言は、叶わないのです。
それで、なんとも言えない時間をしばらく過ごすわけだが、じぶんが過去にやった悪いことや酷いことに対する罰は、もはやそういう形でしか受けられないのです。
そういう意味では、わかりやすい刑罰は優しい。檻の中で過ごしたことが、悔いた証左となるのだから。刑期を終えれば、もうある側面での許しはもらえるのだから。
現状、この国で死刑に相当する悪事をはたらいた場合、その刑罰は死——それも、国家による他殺である。自殺ではない。自分の意思で死ぬことは許されていない。生きる権利とともに死ぬ権利も奪われ、ただ殺されるのを待つ他ないのが死刑だ。
そのことが罪をおかした者に、いかなる赦しを与えるだろうか——、想像するに、それは自分が犯した罪への後悔を、殺される恐怖と理不尽への怒りによって上塗りできるというかたちの赦し——、また別の話をする契機を与える赦し——。
他の刑罰と同じく、死刑はやはり優しい。優しすぎると思う。そんな優しさよりも、なんとも言えない時間を死ぬまで過ごさせるだけのことが、究極の刑罰として正当なのではないか。国家による他殺は、まるで——それに加担するすべての人間が、本来取り返しのつかないことをする可能性を備えている——、そのことへの恐怖心からの自衛に思えてならない。

いま、こうして、上にインデントで引いた思いつきをここに書こうとしたが、書いてみて、さて、この説明は簡潔だったろうか? あるいは、納得がゆくものだったろうか?
それは、正しい人の想像力、悪意への意識の低さ、そうした甘さからの考えでしかないのでは、——という反論が、自分の中にある。それに対して自分は、刑罰は、そういうもので良いと思うと答えます。私はただ、悪人を、国の総意でもって殺すことでしか裁けないということは、こんなにも生き死にを繰り返してきた人間という種類の生き物が行うこととして、あまりにも貧弱だと思うのです。

守るべきはあなたの美意識だ。それはあなたが生きてきた歳の数、静かな、もしくは激烈な振動を支える軸として存在し続けた結果、あなたの背筋を伸ばしてくれる唯一の縦の線になった。

簡単に損なわれるその縦の線をあなたは守らなくてはならない。横からの力に弱いその縦の線を、あなたは砕いてはならない。経済が、政治が、不条理がそれを容易に砕き、一度折れたその美意識が恢復を果たすのは難しい。しかし、骨折の古傷を痛めながらも、その痛みがその線を守る力になっているような、そんな、一度は折れ、しかしいまはまた縦の線である美意識だって、そこにはあるはずである。

美しいひとには縦の線がある。諦め、そして損なったひとはへしゃげてしまうだろう。縦を支えることが不可能になってしまったひとは、やがて横に膨張してしまうのだ。横に膨張すれば、それは醜い。そうなれば、あなたが信じてきたものにですらあなたは裏切られるだろう。だから守るべきは、あなたの美意識だ。そのためにはいかなる社会的不道徳も赦されるのである。

Thu Feb 9 2017

この日記は、考えるためのノートとして付けているので、時折、デザインを一新するとともに内容を消してしまうのは、現役だったノートがひと段落し、アーカイブする感覚なのだけれども、このところ、ひとつ前の日記を参照することが多いことに気が付いたため、それらを読み直し、まだ棚にしまう段階ではぜんぜんなかった——、と今朝、ここに該当のものを再録した。昨年8月から12月の日記がそれにあたるのだが、それらとそれ以降のものに流れる感覚に関しては、まだなにもまとめられる段階になく、もっと考え、もっとヒントを拾い続けなければならないようだ。

ところで、それら過去の日記に書かれているのは、日記なので当たり前だが、個人的な、小さな周縁のことばかりで、2005年から断続的に書き続けているのはほとんどそういったものだが、それを公開された場所に書くことの意味については、とっくに考えるのをやめてしまった。
一時期は、アクセス解析をしたりして、どの程度読まれているのだろうと気にかけたりもしていたが、ここ数年は、SNSがウェブ上のテキストメディアの主流になったことや、それに伴うRSSの凋落、上記のアーカイブ制を用いて時折消したりしていることなどから、そういったことはまったく気にかけていない。

そんななか、昨年の大晦日に書いた日記、——髪白スイさんというゲーム実況者の動画『[DARK SOULS3]初心者女子、髪白がダークソウル3を実況プレイ』について——、は、わりとあらたまって、読まれることを意識して書いている。
もちろんそのことに理由はあって、それというのは、周囲に感じる、あるいは自戒の意としての、意識や価値観の保守化、固定化への警鐘で、だからこそ、メモではなく、ある程度、一般化された文章にする必要があると考えたのだった。
もう少し具体的に言えば、歳を重ねるに連れて、興味や関心が固まっていることを自覚しつつ、それゆえに他人のそうした兆候にも敏感で、端的に、それで良いのか? もっと知らないことに目を向けるべきでは? という苛立ちが常々あって、近しいひとたちで言えば、映画、演劇、音楽、小説、漫画、などが話題になる主なものだが、——たとえばそうしたフィールドにいるひとたちに上記の動画の魅力を伝えるには、いったい、どう語れば良いのかを考えた結果があの文章だったということだ。

で、かりそめとはいえ、そうした目論見があったあの文章が、近しいひとたちにどう伝わったのかだが、それは反響がないためわからない。既述のとおり、読まれることへの意識が希薄になっている日記だから仕方のないことだし、リアクションを求めるのならば、いまはブログではなく、SNSなどに書くべきだ。だからやっぱり、あれは個人的なメモで、冒頭で触れたひとつの流れ(現状、その最後尾は「体験作家」という言葉だが)へと思考を馳せるためのノートの一部に過ぎない——
——のだけれども、先日、あの日記が髪白スイさんの動画のリスナーの方の目にふれ、思いがけずあの日の日記は、髪白スイさんやそのリスナーの方々に読まれ、よろこんでいただけたようなのだった。そのうえ、髪白スイさんに動画の中であの日記に触れていただき、これはまったく予想していなかったことで、嬉しいことなのだけれども、その代わりに、もし、他の日付の、純然たる日記ぶりの日記まで読んでいただいたとしたら、なんだか申し訳ない気持ちもあるのだった。
ここには主に、個人的なメモと、あと、小さな周縁や、飼い猫の記録くらいしか書かれていません……、そして今後も……。

——いま思いついたけど、「体験作家」っていうのは、いかにして編集されていない素材を提供するか、ということが重要な要素な気がするな。たとえばゲームエンジンの開発なんかは、それに近い。
あと、作家でありながら、作品がどういう着地をするかを予想してはならない、という無理難題も背負っているのが「体験作家」だ。作家性を作品の制御によって担保してはいけない。それと、個人的には、作家が啓蒙せざるを得ない構造も持って欲しくない……。
やっぱりなんか面白い気がするな、「体験作家」。姿はおぼろげだけど……。たぶん、いまはまだこの世にない作家の話。夢とも言えるかもしれない。

Wed Feb 8 2017

さて、8日にして、2月最初の日記である。

ここ数日、体調がいまひとつで、冴えない日々を送っていた。6日付けで、「体験作家」という言葉について考えた日記を書いたりもしたのだが、なにしろ冴えないので、下書きの段階で破棄してしまった。
この「体験作家」という言葉は、「印刷の時代、放送の時代、ネットの時代、そしてその先へ – 電通報」という記事で目にしたのだけれども、考えていたことというのは、この記事とはさほど関係がない。いわゆるセレンディピティで、「体験作家」という言葉になにか未知のものへのヒントを感じたのだったが、冴えない状態ではその感触を言葉に起こすのは難しかった。

冴えなかったので、仕事も捗らなかった。
おれが請け負う仕事にはいろいろと種類があるが、いまメインといえるのはウェブサイトのコーディング作業で、これのことをおれは一種のパズルだと思っている。
あるいは、ビデオゲームにおける「縛りプレイ」のようなものだとも思っていて、つまり、「使って良いとされるもの」をすべて使えば簡単にできるものを、あえて制限を設けてクリアするような作業だと考えている。
なので、冴えていればすぐにできるが、冴えていなければ、いつまでもできない。
そんなわけで、おとなしく休むことも仕事のうちだ、とか思いながら、惰眠をむさぼったりと、まったくもって冴えない時間を過ごしていた。

ボードゲームの誘いがあったり、かわいい友人から深夜に呑みに誘われても、仕事が捗っていなかったため出向けなかった。
冴えない。冴えない日々の日記は、書いていても冴えない気分になるだけだ。はやく冴えて、「体験作家」について考えないといけないのに……。

冴えない日記なので、6日付けのものと同様、また破棄しようかとも思ったが、とりあえず、備忘録くらいは……。

  • 福満しげゆき『中2の男子と第6感』4巻読む。
  • Frank Oceanを聴いてて、とつぜんアメリカの湾(bay)のことが気になる。
  • フランチェスカ・リア・ブロックを読み直すというのはどうか。
  • 根拠のない予見1:おれが生きている間に、「また別の、理想的な人生を短時間で体験するサービス」みたいなものができるのでは?
  • 根拠のない予見2:一周して、またブログが流行るんじゃないだろうか(ブログの最初の流行を2005年と仮定して、一回り)。
  • ストリーミングで『DENKI GROOVE THE MOVIE? ~石野卓球とピエール瀧~』を観る。

Tue Jan 31 2017

今月19日からの日記だが、なにがあったのかほとんど思い出せない日も多いので、19日から今日までのことを思いつくままに。

23日に、松方弘樹の訃報。
ウェブに日記を公開し始めた2005年頃、松方弘樹が出演している映画(主に70年代の東映の作品)に傾倒していて、中でも『暴動島根刑務所』『脱獄広島殺人囚』『実録外伝 大阪電撃作戦』(全て中島貞夫監督作品)、『県警対組織暴力』(監督:深作欣二)には夢中になった。上記の作品はその後も繰り返して観ていて、訃報ののち、『実録外伝 大阪電撃作戦』を観たが、尋常でない気迫を画面の向こうから横溢させていたあの人が死んだとはとても思えないままでいる。

30日、暖かい日だった。
昨年の12月31日の日記を読んでくださった方から、とても素敵なお便りを頂く。

29日と31日は、友人たちとダーツや「カタンの開拓者たち」というボードゲームに興じた。

このところは晴天続きなので、飼い猫のもきちは日中、窓際のソファでひなたぼっこばかりしている。

大師前駅の駅前にあるパン屋「ぱんけぺんけ」が閉店してしまっていた。

今月入ってこないと思っていたフィーが入金されていて、九死に一生。

あっという間に一月が終わる。

Wed Jan 18 2017

今月10日から18日の日記。

10日夜、高専の同級だった友人が遊びにくる。いまでも付き合いのあるなかでは、最も旧い友人。

11日、天王洲でデヴィッド・ボウイの回顧展「DAVID BOWIE is」を観る。あまり体調が良くなかったため少し散漫になりながら見、手書きのメモや楽譜、それにキャプションの豊富に、時間と集中力のある時にあらためて出向きたいとも思いつつ、十分におもしろかった。途方も無いひとだ。

12日〜14日。Netflixで『亜人』『プラネテス』を観る。共に傑作。

15日、早朝、昨年末亡くなった祖母の満中陰のため大阪の実家に帰省。前日からひどく寒く、名古屋を超えたあたりから積雪のために新幹線は徐行。ずいぶん余裕を持って出たのだが、母親に言われていた14時ギリギリにタクシーで目的地に到着。あわてて葬儀場の施設に飛び込むと、係りのひとに15時からだと言われる。母親に架電するも出ない。どうやら、近所の喫茶店で昼食を食べていたようだった。礼服を忘れてしまっていたので着替えることもできず、15時までぼんやりと待つ。
大阪もずいぶんと寒かったため、家にいる飼い猫のことが気がかりだったが、帰りの新幹線も遅延するだろうし、疲れていたため実家に一泊。

16日。朝、実家を出て帰宅。名古屋まではやはり積雪のため徐行。上野で今年の手帳を買う。ここ3年、同じ手帳を使っているが、数年に一度訪れる「手帳、別になくても良いのでは?」問題に過去と同じ感じで悩まされ、購入が遅くなる。手帳を買うと、財布には小銭しかなくなってしまった。どうかと思う。

17日、夜、友人が遊びにくる。明け方頃までよもやま話。

18日、詳細は覚えていないが、おそらくTwitterで昨年の11月頃に刊行予定と知った『夫のちんぽが入らない』(著:こだま)がAmazonから届き、読む。ずいぶんと楽しみにしていて、面白かったが、自分がいま求めていた感触とは違った。作品自体と少しずれたところに批判の気持ちもすこしあり、それというのも、こういった「良い本」「売れる本」の持つ必要悪が内容を軽く読ませ過ぎている感じがあって、つい「良い本」「売れる本」と類型してしまうリーダビリティと文章の整頓が、果たしてこの作品に適していたのか、という疑問が読了後に残る。そんなことはどうだって良い、と言いたい気持ちもある良書だったが、どうだって良くはないな、という気持ちが少し勝つ。

Mon Jan 9 2017

このところ、繰り返しMitskiの歌う姿を見ていてはっきりと思ったのは、いまは、女性がひとりでギターを携え歌う姿だけがロックンロール足りうる、ということだ。

去年のいまごろは、『イサナの歌』という小説をずっと書いていて、それはエレキギターを弾けるはずなのに結局最後までエレキギターを弾かずに終わった女の話だった。歌を歌いたいのにいつまでたっても歌えないひとたちの話だった。それは、戦後の話、戦争の話、殺人の話、男女の恋愛の話でもあった。
言葉にならないから、イメージを言葉で描き続けて、一年経って、ああ、こういう姿を追っていたのかと知る。そういったことをもう何年も繰り返している。
書き込めば違った具体にしかならないから、幻影のように幽しい姿をそこに定着させようと、矛盾の作業を繰り返している。それで良いのか、という疑問はあるが、良く無いとは思わない。なんのために、とか、誰のために、とかと言い出せば、それは自分による、自分のための、自分のイメージを美しく描き出すためだけの作業だ。そのことをもう一度考え直すつもりはいまのところない。
去年までのイメージは去年に描いた。いまはもう、その後の時間で、あたらしいイメージ、幻影が、逆光に輪郭をにじませている。だから考え直している場合ではなくて、作業を続けるほかない。それが私の生活。

Sat Jan 7 2017

1月7日に飼い猫のもきちは十歳になった。
去年は具合を悪くして、手術をしたり大変だったから、今年は機嫌よく過ごして欲しい。

もきちはいつもやさしいやつで、十年も一緒にいるのに、いまだに擦り寄ってきては、喉を鳴らしている。

Thu Jan 5 2017

謹賀新年。

大晦日からどうも風邪っぽく、正月はのど飴ばかり舐めて過ごしていた。
人出が落ち着いてきたようだったので、昼過ぎ、西新井大師に初詣。おみくじは末吉。夜、仕事初め。年賀状を書く。