Sat Aug 26 2017

ここ最近、「Mysticore」や「ハイパーナラティブ問題」といったことに関心を抱いてきたが、これはつまり、制御不能への憧憬が表面化してきているということである。

情報とコントロールが溢れていて、脱力感が。とはいえ未知などない。こうなると意識が向かうのは死生観で、だから昨今は新興宗教と姿形を変えた新興宗教的なものが跋扈しているわけだ。死ぬことについては生きているものは誰も知らないわけだから、なにを言っても嘘にはならないわけで、だからこそ信憑性、もっともらしさ、ただそれだけで! 真実などなく、ポスト・トゥルースがその呼び名を得る前から土壌としていたエリアが拡大してゆく。
(透けて見える程度に)隠れた場所で対決していた芸術と経済が、スポットライトの下で戦うことを余儀なくされて、変幻自在なほうは経済のほう、なにしろ制約が圧倒的に少ない。勝負にすらならないというか、勝負しているポーズを取ることが経済にとって有益だから、そんな対決は行われているふうなだけで、あーいたいけなあの子。

ファストファッションならぬファストストーリーの無限生成はアート? ハイブランドストーリーは一部の富裕層のものさ。何食わされてるよ、おれら。自炊しようぜ、自炊。ってわけで、そんな感じになってんでしょ最近のひとってばさ、ってお見通しのお利口経済グループ(カースト上位)はすでに準備済み。準備早いよー、金あるから。あいつらに、ああこれっておれの、あるいはおれたちのものだ、って思わせれば良いだけなんだし余裕っしょ。「そういうもんだぜー」とかって言うのはさすがに露骨過ぎるって思うかもしんないけど、絶対そのほうが売れるから安心してもらって大丈夫ですってなことで、そういう感じになっています、いま。はい。

ほんなら、芸術はどないするー? ってなわけであのね、おれはね、もう人には見せへんよ。家でやってる。ここにしかないんやし、外出してへんのやから、おれのもんやろ、そら。鉤括弧付いてへん「いま、ここ」。せやからまあ、いま、ここやねん、ってことやねん。あげへんし、ひとのんいらんし、嘘ちゃうし、ほんまやしーってなわけでブギー、ブギー、戻ろうが進もうがおれの勝手や。文句言われる筋合いなんかないわ「ボケ、しばくぞ!(なにもない空間に向かって)」。

——というのも、ちょっとあれよね、なんか……。
でも、だからってわざわざ人前に出て行って「お前らのんちゃう、おれのおれによるおれだけのもんや!」って宣うのもなんかあれだよね……。あの……、儲かるんでしたら話は別でっせ——って「でっせ」はさすがに使わんか——ってなに見てんねん、しばくぞ!(慟哭はやまびことなり部屋を徘徊、間も無く消えてゆく……)。

Fri Aug 25 2017

……確か昨日だったかな、これから流行る「なにか」を思いついて、ああ、これ絶対に流行るし、すごい大金を稼げる産業になる可能性もあるな、と思ったんだけど、あんまり興味が無いから、その「なにか」がなにか忘れてしまった……。なんだったけな……。ちょっと思い出してみる。

……うーん、しばらく思い出すよう努めてみたんだけど、ダメだな……。なんかね、体験型のなにかだったと思うんだよ。興味無いと思ったんだけど、忘れちゃったことで気になってきたな……。
仮に体験をデザインする、みたいな話だとしたら、今年の2月(9日)に書いた日記や、今月15日の日記に登場する「ハイパーナラティブ問題」とも関わってくるし、興味が無いはずはないんだけど……。

……ちょっと思い出せないな。夢だったのかな……。まあ、いいか……。気になるけど、仕方ない。

Wed Aug 23 2017

写真は、このクソ暑いのに甘えてくる飼い猫のもきち。

22日。洗濯。出かける時はほぼジーンズだが、今日はもう出かける予定もない、とジーンズをまとめて洗う。
夕刻、21日に誘いを断ってしまっていた友人からふたたびカレーの誘い。チノパンで出かける。以前、その店に出向いた際には、ビリヤニというインドの炊き込み飯を食ってしまったため食べずじまいだったスリランカ・カレーを食す。美味いしビールに合う。

23日。夜、電話でデザインの打ち合わせ。すでに案は提出していて、その説明として魔法少女はパンチラであり、魔女は通りの向こうからやってくる意図的にパンツを見せている女性だという話をする。要するに、「Mysticore」と呼ばれる文化とフェミニズムが高い親和性を持つという話であり、これをグラフィックに反映させることができたのは望外の喜び。独りでは成せない類の発見と確認である。

深夜、Amazonから届いていたDVDでジム・ジャームッシュ『Dead Man』を観る。「魔法少女はパンチラであり……」の話はもっと仔細にしたいのだが、もう朝なので眠い。

Mon Aug 21 2017

洗濯日和がひさしくないので洗濯物が溜まっている。駅前の800円の店で髪を切る。友達にカレーを食いに行こうと誘ってもらったのがオリジン弁当を食った直後で誘いに乗れず。胃腸の具合がいまひとつ。幽霊とゾンビとリセットされる生に関する文章を書く。その流れで日記も書こうと思いこうして書いているがこれ以上なにも書くことがない。

資料としてジム・ジャームッシュの『Dead Man』を観ようとストリーミング・サービスをあたるが見当たらず。以前はあったはずなのに。仕方がないのでAmazonにDVDを注文する。明日には届くだろう。いま少しだけ郵便物の可能性について興味を持っている。郵便物を用いた遊びが生まれないかと妄想している。現実世界におけるアバターのような役割をしてはくれないだろうか。多少のデータの取得と送信ができる装置を内包し世界へ。サーバにあるAIを通じて仮想的に郵便物とリアルタイムでのやりとりを行う。「いまどこ?」「コートジボワール」「暑い?」「貨物室は涼しいけど、外は暑そうだよ」「調子はどう?」「何が起こるかわからないけど順調に行けば北米までは保つかも」「家に戻ってはこれそうにない?」「さすがにそれは難しいだろうね。それが目的なら別だけど」「そうだよね」「うん」「じゃあ、また連絡するね」「オッケー」。

Sat Aug 19 2017

やけに涼しい日々が続き、暑さが戻り、今日は雲が垂れ込め蒸した空気の中、雷鳴がずいぶん轟いた。なんとも疲れる気候である。

ところで、いまのこの日記に最初にアーカイブされている日記から、一年が経った。
繰り返し述べていることなのだけれども、ウェブ上に日記を書く行為はもう10年以上続けていて、時折、気まぐれに、あるいはなにかしらの流れがひと段落したと判断した際に、ノートを交換する要領でここを整頓してきた。
現在のこの日記は、男女の性に関する問題提起に始まり、飼い猫の病気、ここ数年非常に面白い動きを見せる海外の音楽、髪白スイさんのゲーム実況を機に考え始めた、今月15日に適当に「ハイパーナラティブ問題」と名付けた複雑系の物語論、さらには絵画と写真の個人的再発見などを交えつつ、じょじょに破壊してゆく目論見(具体的には、まったくありもしなかったことを書いたり、前回の日記『小説・2017年世界陸上競技選手権大会』など)を実行してきた。

で、そんなふうに振り返ってみたのだけれども、まだしばらく今回の日記は続きそうである。
この一年で世界情勢はさらに混乱を深めた印象だし、日記らしいことで言えば、自分が抱えている様々の問題もほとんどがまだ中途にある。まあ、いつだってそうだろうけど。
草臥れたり、呆れたり、盛り上がったり、油断したり、うんざりしたり。……どんどんと惰性を断ち切るための体力が低下しているのを感じる。だからほとんどのことが後回しになってゆく。亡霊に足を引っ張られるのもほどほどにしないといけない。