Thu Sep 28 2017

このところは「死」や「葬儀」にまつわるコラムを毎月一定量書く仕事をしていて、ある程度トレンドを反映したなにかについて書かなければならないのに、興味は民俗学的見地へと向かっている。広く浅く調べているのだが、それなりに発見も多い。

27日に元妻が遊びに来たのだったが、その話をしていると、彼女も偶然、最近芝居の稽古のため葬儀について考えていたようで、漁師町の慣習である「骨葬」について教えてもらう。結局、死を迎えていないものだけが流れを作る。

ところで、ひさしぶりにもうひとりの飼い主と対面した飼い猫のもきちは、寝ていた格好から視界に元妻をとらえると「アッ!」と驚いたような反応を見せたので、そのことに驚いた。もきちのそんな反応を見たことがなかったからだ。

Kamasi Washingtonの新譜『Harmony of Difference』がとても良い。
音楽は9月だけで、

  • LCD SOUNDSYSTEM『american dream』
  • Mount Kimbie『Love What Survives』
  • Ariel Pink『Dedicated To Bobby Jameson』
  • Kamasi Washington『Harmony of Difference』

という豊作ぶり。

読書は『ゴドーを待ちながら』(著:サミュエル・ベケット/訳:安堂信也、高橋康也)、『筒井康隆入門』(著:佐々木敦)、『ちびしかくちゃん』(著:さくらももこ)。あとは「死」や「葬儀」にまつわる資料が幾つか。

映画と演劇は観ていない。ゲームは『Destiny2』。靴はDr.Martens。ジーンズはLee。目薬は「スマイル40 プレミアム」。生活は不規則。眠気は強い。旅は道連れ。浮世は夢。天気は快晴。空は雨。風は強く吹く日もあった。

Sun Sep 24 2017

二週間ぶりの日記。
倦怠感と眼精疲労の二週間だった。いくら寝ても眠いし、眼は疲れたままだ。
音楽はAriel Pink『Dedicated to Bobby Jameson』をよく聴いた。ジャケットもふくめて今作はかなり好き。ローファイというか、アナクロニズムというか——でも、メインストリームっぽいこの感触——に苛立っている音楽家はいま苦しいんじゃないだろうか。虚無を見るほかない。天の邪鬼にやさしくない現代。世知辛いというか、氾濫と同時に淘汰が行われるから二極化待った無しの現状に「そんなのとは別でいたい」程度のモチベーションじゃどこにも行けない/行かせてもらえない。

まあ、そんなことは別に良い。いまさらそのあたりのなにかに希望を見出そうとするほど楽観的ではない——というか、現状を把握できていないわけではない。街には雰囲気だけがたくさん転がっているけれども、どれもコアじゃない。

以下に引用するのは、今月5日のツイート。

どうせ日本のウェブはこのまま金の廻りやすいヤンキー文化に傾いていって孤立して、って既視感のすごい流れを辿るに決まってる。で、おたくは別の場所を囲うだけだ。もう「全体」が郊外のようにダサくなっていくだけだ。

で、

日本の郊外を作ったのはアメリカと自動車と蜃気楼のような国道沿いの大型店舗だが、インターネットとSNS、それらに対するリテラシーの低さに付け入るテクノロジー、それらを利用したビジネスは、日本全体を巨大な郊外に変えてしまった。

と。

わかりきったことを書いているわけだけれども、「そんなのとは別でいたい」程度のモチベーションじゃどこにも行けない/行かせてもらえない。
破滅を描くしかないのはわかるけど、それは嫌だから、せめて小さな灯火、あるいは狼煙(でも、それってなんだか悲しくなるわ……)、——そんな二極化待った無しの現状に「そんなのとは別でいたい」なんて能天気なこと口にできるのは……、それは……。

——窓にはカーテン。開いて、閉じる。あらためて寝室を見つめて、その広さの夢を見る。

Sun Sep 10 2017

9日。友人たちと三崎口に出掛ける。
9月に入ってからは涼しい日が続いていたが、この日は天気も良く暑い日だった。

珍しく長時間外出し疲れたのだったが、あまり眠くならず、明け方まで仕事。
このところはグラフィック・デザインの仕事が続いている。
グラフィックは書き仕事などと違い、それほど干渉しないため音楽を聴きながらの作業が可能だが、あるタイミングにおいてはそれが難しく、その時はなかなかに苦しい。いま手がけているものはその時間が長く、経験上、その時間が長時間続く場合はあまり良い作業ができていないと判断するのだけれども、今回は少々特殊で、例えるならば、最後のパーツを嵌めなければ自立不可能な立体を感覚的に組み立てているようであり、大小様々の疑問符が蔓延していたのだけれども、それらが終盤パズルゲームの連鎖のように消えていった格好だ。
まだ終わったわけではないので、引き続き慎重に作業しなければならない。
こういった危なっかしいものは爽快感に欠けるが、辛いぶん面白い。ただ、いまのところそういった作業工程の差異が仕上がりの差異と直結している印象はなく、一長一短——なにより、完成までの作業時間が読みにくいことは問題である。

10日。今日も暑い。昨日の作業を続ける。
深夜、Netflixで『ジュリエットからの手紙』を観る。定石に沿ったラブコメ。そういったものが観たくて観たのだけれども、こういうものを観ていると心の声を口にしないように耐えるのが結構苦しく、後半は腕を組み「いや、うん、それはたしかにそうなんやけど、でも、仕方ないやろ、それは……」的なことをうっかり口に出してしまい、仕方がないので飼い猫に「……なあ?」と問いかける形で消費。飼い猫は真っ暗な玄関でこちらに背を向けて眠っていた。

Fri Sep 8 2017

7日の深夜、ひさしぶりにひどい頭痛。さんざ探したが、あると思っていた頭痛薬が見つからず途方に暮れる。

8日、朝方になんとか眠り、昼に目覚めると頭痛は治っていたが、頭痛を治すための睡眠だったのかあらためてとても眠い。雑務を幾つか。頭痛薬を買っておく。

夕方、写真を撮ろうとカメラを起動させると、おかしな音を立て、液晶が真っ暗のままだった。
ずっとPENTAXのK-01というビザールなミラーレス一眼を使っていたのだが、それが壊れてしまった。ほとんど毎日、それで飼い猫や自宅の多肉植物を撮影していたので、日課が果たせなくなるし、時折は仕事でも使うので困ったことである。なんのことかはよく知らないのだが、太陽フレアのせいだったのだろうか。
最後に撮ったのはやはり飼い猫のもきちの写真。お疲れ様。

Mon Sep 4 2017

(今月)1日にLCD SOUNDSYSTEM『american dream』がリリースされたので、そればかり聴いている。アルバムはとても良いが、白眉となるのはやはりリードトラックでありアルバムのタイトルでもある『american dream』。
リードトラックである『american dream』がリリースされたのは今年5月5日なのだけれども、それからしばらくして歌詞の内容を良く知りたくなり(とても珍しいことだ)、友人の(伊藤)彩里ちゃんに翻訳をお願いしたのだった。
彩里ちゃんにそれを頼んだのは、以前、彼女と共演していた舞台作品をタイで上演した際、英語がてんでダメなおれは滞在のあいだ彼女の英語に頼りきりで、その時の印象からなのだけれども、翻訳などはしたことが無いとのことだったので、面倒なことを頼んでしまったと思う。
で、実は1日に『american dream』は日本盤を同時発売しており、当然それには対訳も付いている。日本盤、というものの存在をすっかり忘れていたし、リードトラック発売の時点ではアルバムの発売日は未定だったのだけれども、いまとなっては、それを読めば良いじゃないか、という話でもあって——、ただ、とはいえ翻訳してもらったものを添削させてもらう過程はおもしろく、勉強になり、発見も多い。

あと、The War On Drugs『A Deeper Understanding』も良く聴いている。
以前、今年は音楽を良く聴いていることから、上半期に気に入ったものをまとめたのだけれども、下半期のそれに上記の二枚は間違いなく入るだろう。
ただ、昨今の流行であるローファイな音は好みなのだけれども、現状、そういうものばかりになってしまっているので、少し毛色の違うものにも反応したい。

ところで、8月の最終日からずっと涼しい。夏は終わったのだろうか。明日は暑いという噂もある。
もう、よくわからない。雪が降ったらさすがに驚くだろうが、それでもそれはすぐに消費してしまう程度の驚きにも思える。
なにが起きてもおかしくない、という状況はスリリングなようで、じつのところはひどく退屈だ。