Sat Oct 28 2017

夜、仕事の資料として『NHKスペシャル チベット死者の書』をDVDで観ていたのだけれども、映像の冒頭で去年の初めから考えている小説の設定とのある符号を発見し気が気でなくなる。おぼろな何かはこの刻に掴み取らねば霞と化すだろう。ある符号の発見は解の提示ではなく、むしろさらなる謎のそれであり、そこに興奮と困惑と焦燥が重なり気が気でなくなったのだった。

その辺りを落ち着け、DVDを観終え仕事もある程度進む。

それにしても、外はまた雨だ。
明け方になれば飼い猫のもきちは屋上にバードウォッチングをしに出たがるが、何度外は雨降りと伝えても納得してもらえない。雨で困るのはお前だけではないのか、ともきちは思っているのかもしれないが、以前、その日は冬の晴天だったが風の強い日で、例のごとくねだるもきちのためにあたたかいベッドから抜け出し上着を羽織り外への扉を開いたものの冷たい風がスッと吹き抜け、顔にそれを浴びたもきちは目を瞬いただけで帰宅してしまった。
きっともうそんなことは覚えていないのだろうが、そうだったのですよ。

Fri Oct 27 2017

三ヶ月ほど前から、毎月一定量、「死」にまつわるあれこれの文章を書く仕事をしているのだけれども、仕事の性質上、ひとつのテーマを掘り下げるのではなく、浅く広く——つまり、重要なのは「ネタ」の数であり、そのことに早くも行き詰まりを感じ始めている。
こうした類の書き物を生産し続けるいちばん簡単な方法は、アプローチを固定化し、その対象を次々と変えていくことだが、「死」ほど不変なことはなく、早々にターゲットは尽きてゆく。むしろ、アプローチを変えた変奏のほうがよほど大量生産が可能な状態だが、これもまた仕事の性質上、叶わない方法である。

そんなわけで、もっと勉強しておけば良かった/もっと勉強しなければ、と、何かあるたびに抱く毎度の感慨。
ただ、学ぶということは、こうした段階——ポテンシャルとフリーハンドで介入できる階層——のその先に踏み込むことであるから、この負荷は有難いものだと感じるべきだろう。実際、「死」にまつわるあれこれの知識が増えていくのは当然のことだが、あたらしい視点についてしつこく考えることが成果をもたらしてもいて、たとえば「遺影」が静止画でなければ(少なくとも現代においては)成立しないということから学んだ、写真や絵画作品に対するこれまで持っていなかった鑑賞のアプローチの発見は僥倖だったし、その他にも数多のセレンディピティは得られている。
他にも、埋葬の方法というのは宗教観や民間信仰に左右されていることがほとんどだが、そのことが幽霊とゾンビを考える礎になるだろうという発想はずいぶん以前からあり、ただ、ゾンビがそうした文化を越境している現状をどう捉えるべきかと考えた時、もうひとつ、輪廻転生とは別の、「ループする死(あるいは生)」という、ビデオゲームに端を発するであろう死生観に視野を向けるべきだと気付けたこともまた発見だった。
もちろん、「ループする死(あるいは生)」という考え方があたらしいものではないのは百も承知だし、必然的にメタフィクションが昨今、どう(感覚的に)アップデート——それも頻繁なマイナーアップデートの連続——されているのかも意識したうえで、そこには発見があった。

恐怖、あるいは畏れ、を、更新しなければならない。それは、「集合的無意識」的危機感に由来する。……たぶん、エロはその対応が間に合わなかったのが現状ではないか。その二の舞になってしまえば、我々は滅ぶだろう。あわよくば、失われたエロも取り戻したい。(もしかすれば)そのためには、同時に血縁の強靭の解体も必要となるかもしれない。

現在、我が家で提起されている世界の問題は上記の内容である。
ようやく、孤児だった断片的メモたちに生気が見え始めた。

Sun Oct 22 2017

10月22日、日曜日。
このところは雨天続きだが、昨日からの雨は大型の颱風の接近が原因のようだ。
夕方、この地域の投票所である近所の小学校に。衆議院議員総選挙。義務感に苛まれながらしぶしぶ足を運ぶ。小学生の頃、よく登校を拒否していたが、その当時のストレスを思い出す。そのストレスから逃れるために——毎日、同刻、同場所への移動を求められないために——大人になるまで生きてきて、でも大人になってしまったので選挙には行かなければならなかった。嫌なことである。
児童に対しては、自殺するくらいなら、と夏休み明けの登校を拒否しても良いのだという呼びかけがネットなどで散見されたし、ブラック企業に追い込まれて自殺や過労死をしてしまった人には、そうなるくらいだったら……、という声。
選挙と投票が嫌で嫌で、公示と共に憂鬱となり、得体の知れない様々な重圧に悩まされながら期日前投票の期間を過ごし、いよいよ残すは投票日だけとなり追い込まれて自殺する人だっているかもしれない。そして、死ぬくらいだったら……、という声。

普段は常時窓を開けているのだけれども、颱風のせいで風が強いから、いまは窓を閉めている。
環七沿いの自宅は交通の関係から日曜日の夜は特に静かだが、そのうえ今日は窓も閉めているため、颱風が近づいているというのにいつにも増して静かだ。カーテンも閉じた。
実家で暮らしていた幼少期、二階に家族全員が眠る寝室があり、寝付きの悪い日には、この部屋以外のすべては実は無いのかもしれない、となぜか不安になり、横に眠る父親を跨ぎ超え障子を少し開き外を見ることがたびたびあった。外はやはりあるので、それで落ち着いてあらためて眠った。学校に行くのが嫌で、家で遊ぶのが好きだったけれども、さすがに外が無いのはおそろしかった。外がなかったとしたら、ここは——父と母と妹たちが眠るここは——一体どこなのか。外の喪失によって、そこが家でなくなってしまうように思えたのかもしれず、だからこそ怯えたのかもしれないが、当時はその不安を言葉には変えられなかったから、誰にも伝えられない。伝えられなかったから、よく覚えているのだろうか。

眠れないから日記を書いていたのだけれども、今度は腹が減ってきた。家にはなにもない。でも眠くもなってきて、腹が減って眠れなかったことなど一度もない。すごい風が外で吹いているが、家はいつもより静かで、だからいつもよりよく眠れるかもしれないが、そんなことはないかもしれないし、どっちだって良い。

Sun Oct 9 2017

前回の日記から一週間。とつぜん気温が下がった日があり、体調はずっと優れず。

……バスケッ部じゃなかったし背は179無いけどあっち側(こっち側?)だったのにもうどう考えても——なんで35の中年と恋してるきっとほんとの恋じゃない汚れてる——こっち側(あっち側?)、やめろ! 今夜は君のヒップがなにでできているかパパやママやみんなに…【聖書(バイブル)】

これは、今年の8月23日のツイートだが、その日、ひさしぶりに岡村靖幸『聖書(バイブル)』を聴いていて「ずっとあの娘に対して、なんで35の中年なんかと付き合ってんだよって思ってる側だったのに、よく考えてみたら——っていうかよく考えなくてもそうなんだけど、もう(どう考えても)そっち側じゃないよな……」という感慨を抱いての言葉で、今月の6日に誕生日を迎え34歳になったおれはいよいよそうした気持ちを強く持ち自分を律しなければならない——そう思っていた矢先の10月7日、52歳の岡村ちゃんは女子高生ラッパーとして注目されデビューした、二十歳のDAOKO(メジャーの1stであるセルフタイトルはサウンド・プロデューサーに片寄明人を迎えた名盤!)とキレッキレのダンスで『ステップアップLOVE』でラブ!

——って別段、元気が出たわけでもないし(冒頭にある通り、体調は悪い)、強く生きようなどとは前回の日記の記述内容に引き続き考えていないし、ましてや負けないなどとは全く思っていないというか——、時折拾い読みする本に色川武大『うらおもて人生録』というのがあり、いちおうは、若者向けに生きる技術を語っているという体裁を取ったたいへん読みやすい書物なのだが、とはいえある程度の経験なくして理解は難しいのではないかと思われる技術指南がそこでは繰り広げられていて、で、ここから学ぶに、いまのおれは負けよう、それも上手に負けようと考えているところ。勝ち目が無い時に運や力を使うのは最終的に負ける人間のやり方だということである。どこまでが君の勝負だ? いまのおれは負けるほかない。浅い傷で乗り切ってみせよう。それは動かないということではない。考えないということではない。わざと負けるということではないのだ。時を待つための知恵であり技術である。

……先月の24日の日記に書いた一文がなぜだか気に入っている。なので、もう一度書こう。

——窓にはカーテン。開いて、閉じる。あらためて寝室を見つめて、その広さの夢を見る。

——で、そんなことより90年代の聖書(バイブル)は知ったこっちゃねえよって焚書(政治の話じゃないよ)、で、ハイパー。悔しいかな、面白くないわけでもない。

Mon Oct 2 2017

今日(現地の日付では1日)、ラスベガスで単独犯による銃乱射事件があった。死傷者の数は途方もなく、未然に防ぐ方法はおそらくなにもなかっただろうから、語るべきことはなにもない。ただ、酷いことがあって、それをした人間がいて、人間がたくさん死に、人間がたくさん怪我をしたというほかない。
ひとつ言えることがあるとすれば、今後、もっと酷い事件はいくつも起こるだろう、ということだけだ。悲観的にもシニカルにもならずにできる唯一まともな想像がそれだ。
そのことをどう思う?

もはや、凶行において、なにが原動力になったのか、よりも、なにが抑止力になっていたのか(なり得ていたのか)、を想うべきなのかもしれない…。そういうふうにしても、おそらく救いはなにもないだろうが…。

これは、昨年の7月26日のツイート。同日未明に相模原市で起こった、一人による大量殺人事件を受けて書いたことだ。
正直、もうこのツイートのようには思っていない。なにも想うべきではないのかもしれないとすら思っている。こんなことが度々起こる世の中に対応した生物として生きている自覚がおれにはない。

なので体調が悪く、ずっと寝ていた。本当は起きて、仕事やら創作やら遊びやら、いろいろとしたかったところだが、生憎のアナフィラキシーだ。
超最悪なことばかり起こるけれども、それでもめげずに希望を持って強く生きてゆこう、などとは微塵も思わない。そんな発想は、たとえるならば借金が百億円あり利息は18%、現在の仕事は時給958円だが、それでもいつかきっと全額返済しよう、と呼びかけられるようなものだ。莫迦だとしか言いようがない。莫迦でも良いから、とにかく強く生きてゆこうと言うのならば、ゴキブリかなにかに生まれたほうが良かっただろう。

ところで、こんなネガティブなことを日記に付けているのにはもちろん理由がある。あるのだが、それはとても底の浅い理由で、だからここには記さないことにする。なぜだろう、と思うひとがいれば、自分でやってみるのが理解に早いだろう。