Fri Jan 19 2018

昨日の日記を「(出掛ける)準備をしないと……」と締めたにも関わらず、20時過ぎに起床してしまった。よくない眠り方をしてしまったせいだ。
で、起床後すぐに小室哲哉の引退会見があったことを知る。また、オウム真理教関連の事件の裁判が近々終結するため、死刑囚らの死刑執行が検討されはじめたとの報道。
なんども90年代は終わったが、90年代は全然終わらない。
90年代は終わったし、90年代はいまも終わっている。このうんざりするトートロジーは、2018年のいま、18年もの間、90年代の「破壊のターム」が続いていることを意味している。TKが引退するのも、法の下、(オウム真理教関連の事件で裁かれた)死刑囚たちが全員殺されるのも、90年代の終わりにはならず、90年代の「破壊のターム」の激化を意味することとなる。
でも、当たり前のこととして、いまは2018年だ。阪神大震災からは23年の時が流れた。そして90年代の「破壊のターム」は帰結のごとくディストピアを自動生成し続け、そのような老化を続けた。なぜ90年代は終わらないのか。世紀末は繰り返され、いま生きている我々が知る唯一の世紀末は90年代だけだからだ。なんども終わり、終わりの始まりを繰り返し、だから終わらない。死体が山積みにされてゆくだけである。