きっとまだ先のこと

前回の日記から約一ヶ月が経った。
その間、ほとんどずっと飼い猫のもきちと過ごしていたわけだが、通院や各種薬の投与、餌の工夫なども日常となりつつある。
とはいえ、病状からして、良くて現状維持、起こるべくはあたらしい異変だけであり、常に観察の時間が流れている。

世の中のことにとんと疎くなってしまっているし、音楽もあまり聴いていない。視線も意識も家の中にだけ向けられている。
それは、これまでに何度も繰り返し予想してきた状態のため、混乱も動揺も起こっていない。あらかじめ選ばれていた選択肢だけが採られている。

目に見える発見はとくにない。だから記すべきこともほとんどない。
いろいろのことが言葉になるのは、きっとまだ先のことである。