すべては滅びても、

「すべては滅びても、詩と歌は残る……」とジム・モリソンは言ったらしい。
なんとなく、その言葉はほんとうのことを言い表している気がするが、では「すべて」とは何か。
たとえばそれが「自分」であれば、どうだって良いことになってしまう。自分が滅びたとしても、残したものは残る、というトートロジーでしかないから。しかも、楽観的過ぎる。

語義を素直に受け取れば、「すべて」には「詩と歌」は含まれていない。だとすれば、「詩と歌」以外にも「すべて」に含まれていないものがあるのかもしれないが、とりあえずジム・モリソンは「詩と歌」をそれと特定した。

これは希望の言葉だ。ジム・モリソンの願望だ。それから、記憶にまつわる言葉ではないだろうか。
記憶という脆弱なシステムを唯一補強できるのは「詩と歌」だと彼は考えたのかもしれない。そしてそれが彼の希望だ。
そのことはほんとうのことを言い表している気が、いまはまだしている。とおくを見ている。とおくは、とおくてよく見えないから、決定的な答えはいまはまだ出さずに済むだろう。だから「すべては滅びても、詩と歌は残る……」。

すべてが滅びた後のことは知らない。そもそも、すべては滅びないのではないか。

すべてが残り、詩と歌が滅びるその時、網膜に張り付いたすべては明瞭に視認でき、詩と歌が震わせるための空気はどこにもない。