ミイちゃんのこと

昨年、2019年の10月15日からミイちゃんという名前の猫と暮らしていた。

その前年、2018年の暮れに同じく飼い猫だったもきちが死に、言葉を介してのコミュニケーションが取れない生き物の苦しみを理解しようと努めることに憔悴していたため、当時は能動的に動物と暮らそうとは思っていなかった。

10月のはじめ、友人から、毎晩、近所にかわいい仔猫がやってくるのだけれども、痩せているし片目も悪くしているようなので心配だ、いま猫を飼う気はないか、という旨の連絡をもらい、悩んだすえ一度様子を見に行くことにした。その時点で予感していたが、結局、会ったその日に一緒に暮らすことを決めた。

動物病院へと出向き、雌猫であることと仔猫ではないことがわかった。体重は3kgに満たず、あまりに小柄だったから獣医も仔猫だと思ったみたいだが、検査を進めるうちに短期間では起こらない体の悪化がいくつかわかり、もう4歳にはなっているのではないかということだった。

共に暮らしはじめると、彼女はたしかに仔猫ではなく、街で暮らしてきた猫なのだと思えることがいくつかあった。餌を与える時しか近寄らず、その餌も小さな体に一気に掻き込んでしまう。
しばらくは我が家での暮らしに馴染まずいろいろな場所に潜んでいたが、やがて居間の卓袱台の下に落ち着き、トイレの場所も覚えてくれた。
ミイと名付けた。まったく鳴かない猫だった。

もきちと同じく病院を酷く嫌がることが辛かったが、あいにく悪いところが散見されていたため、その後も何度か動物病院には通っていた。ひとまずは、つぶれていた左目のことと、喉のしこりのこと。
少しして、治療の甲斐があり喉の調子がよくなってきたのか、ミイちゃんは小さな声で鳴き始めた。それから、遊ぶことがが大好きなことがわかった。

でも、まだ不安だった。ミイちゃんがすっかり健康になり、長い間一緒に暮らせるとは思えなかった。

そのうちに発情期となり、雌猫の発情期がとても騒がしいこと、ミイちゃん自身もひどく体力を消耗していることがわかった。全く鳴かなかった猫とは思えないほど大きな声で毎夜鳴き、落ち着かない様子で家の中を動き回っていた。

今年の、というよりもこのところの春は曖昧で、だからミイちゃんの発情期も断続的に長く続いた。よく遊び、騒ぎ、眠る。コロナ禍の中、家の中で一緒に暮らしていた。Instagramにミイちゃんの写真を投稿しはじめた。段ボールで家を作ってやった。
世の中とミイちゃんの発情期がもう少し落ち着けば、してやらなくてはならないことがたくさんあった。

4月25日の夜、ミイちゃんが餌を吐き出した。
それまでもたびたび餌を吐き出すことがあり、もとより喉がよくないことと発情期ゆえに始終鳴いていることが原因だと考えていた。たいてい一度吐けばけろりとしていたのであまり心配はしていなかったが、その夜は断続的に何度も吐き続けた。そのうちに白い泡のようなものしか吐かなくなり、翌日の朝一で世話になっている動物病院に向かった。

救急の必要はないということで、血液検査やレントゲン、エコー検査などをしてもらい嘔吐の原因を探った。ついでに測ってもらった体重は3.6kgに増えていた。

新たにわかった体の悪いところは複数あり、嘔吐の原因ははっきりと掴めなかった。ただ、検査から見るに肝臓が特に悪く、それを基に治療方針を話し、ひとまず点滴を打ってもらうことにした。
獣医が点滴の準備をしているのを診察室でミイちゃんと待っていると、彼女の呼吸がひどく荒げ出した。点滴の準備を終え戻ってきた獣医に伝えると、ミイちゃんは慌てて酸素室の中に入れられた。
このまま帰すのは危険なのでしばらく酸素室で様子を見ると言われ、病院を出て10分くらいふらふらと歩いていると着信があり、容態が思わしくないためすぐに病院に戻ってきて欲しいと伝えられた。

あわてて戻った先の酸素室でミイちゃんはとても苦しそうだった。
意識は混濁し、ただ呼吸が苦しくて仕方がないという様子だった。どうしようもないようだった。
ミイちゃんと呼んだが、きっと聞こえてはいなかっただろう。それから10分もしないうちにミイちゃんは死んでしまった。

翌日葬儀を終え、ミイちゃんとの暮らしが突然終わった。
元気そうにしていると思っていたが、ずっと辛かったのだろうかと考えながら、もう住む猫のない段ボールの家を眺めた。遊ばれないボールが転がっている。あんなに面白いボールだったのに。
ミイちゃんがいつもそこにいたから、卓袱台の下を覗く癖がついていた。毎年冬は炬燵を出していたが、寒くなってきたころ、卓袱台を片付け炬燵を出そうとするとミイちゃんが怒って隠れてしまい、もう炬燵は諦めたのだった。

なんて悲しいんだろうか。ただそれだけだ。家の中にまた残像が増えてしまった。しがらみは避けたいが、忘れる術は知らないし、知っていたとしてもそれはしないことだ。だから悲しむほかない。ミイちゃんはすごく可愛い子だった。できることなら、もっと長く一緒に暮らしたかった。